刃物になる

バガボンドの37巻が出た。
週刊モーニングは読んでいないので私にとってはコミックが最新になる。
超有名なマンガだが知らない方もいるかもしれないのでいちおう説明すると、天才バカボンのようなギャグマンガではなく、吉川英治の小説宮本武蔵を井上雄彦が漫画化した作品だ。バガボンドとは放浪という意味である。

宮本武蔵が貧しい農村に住み着きその村の女性達に請われて剣術を教えるという件がある。
これは原作になかったと思うが、
そこで武蔵曰く、

「腕は無いものと思って(剣を)振ってください」

「自分の体とは違うものをもってるから放しちゃいけないと力いっぱい握る」

「でもその力は相手を斬るのには使われず自分を縛るだけ」


井上雄彦は原作に沿ってこのマンガを描いてはいるけれど、かなり大きく逸脱して物語を再構築している。
このマンガを描くために古武道を習っているそうで、そういった中で井上雄彦が創作して武蔵に喋らせた言葉だと思うが、毎日包丁を握って研いでいる者としても何事か感じさせられるものがあった。

試しに腕がないものと思って研いでみると、力を入れすぎないことに役立つかもしれないと思った。しかし私の普段の感覚はちょっと違う。私自身が自分の手に握られている刃物そのものになって砥石で研がれる、といった感覚である。
刃物に憑依する小さな自分がいて、刃物を動かしている大きな私は小さな私の意思に従って滑らかに動く巨大ロボットのようになるのだ。
そういう感覚になると、刃物のどこがどういう風に砥石に当たっているのかや砥石表面の凹凸が感じられるような気がして、うまく研げたなと思えることがある。
私などはまだまだペーペーの新米だが、何につけ手仕事を生業としているその道何十年という一流の職人や達人はみな、何かしら同じような感覚を当たり前に持っているのではないだろうか。
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ゼンゼ! (SENSE)

世界の果てまでイッテQ!というテレビ番組でお祭り男の宮川大輔がオーストリアの「カマ祭り」に出場していた。
牧草を大きな鎌で刈るスピードを競う大会だ。
http://www.ntv.co.jp/q/oa/20140720/01.html

そこで「ゼンゼ」という刃渡り100センチもある大きな鎌が使われていた。

死神のイラストによく添えられているようなでっかい鎌だ。
RPGの武器みたいな架空のものではなく実在する道具であることに驚いた。

ゼンゼというのはドイツ語で、欧米ではよく知られた一般的な道具のようだ。

大会の伝説のチャンピオンが宮川大輔のゼンゼを研いでくれるという場面で、

アンビルの上に刃を置いてハンマーで叩いていた。

叩き方はカンナの裏出しのような感じだが、合わせ刃物の地鉄を叩いて曲げているのではなく、刃先を直接コンコンと叩いているのである。

なにしてるんだ?
冷間鍛造効果で硬度を上げているんだろうか。
直に叩いても割れないということは、硬度が低いことは間違い無いが。


ゼンゼを販売しているドイツのショップを見つけた。
http://www.sensenwerkstatt.de/5.html

草用ゼンゼや穀物用ゼンゼなどいろいろ種類がある。
長さ1メートルの物でも60ユーロ弱だ。ユーロ/円140円でも8400円だから、1メートルもある刃物にしてはムチャクチャ安い。マグロ包丁は70センチぐらいのもので20万円ぐらいはするし、日本刀だと60センチ強ぐらいだが新品の刀身だけで50万円はする。

日本刀は別格にしても、刃渡りの長い刃物の値段が高くなるのは、焼き入れが大変だからだ。
普通の炭素鋼は750度ぐらいから急冷するのだが、長い刃物の端から端まで全体を同じタイミングで750度に熱しなければならない。冷却前の温度が高すぎても柔かすぎてもうまく焼きが入らず、硬度が低くなってしまうので、温度ムラは刃の硬さのムラになってしまうのだ。
手作り刃物の熱処理を請け負ってくれる専門業者でも長い物は断るところが多い。

レーザー焼き入れや高周波焼き入れといった方法では、長い鋼材でも端から順に焼き入れすることができる。工業用の長い鋼材はそういう技術で熱処理されているものがよくある。
表面しか硬くならないので研いで最後まで使えないのが欠点だが、コスト低減のためには良い方法だろう。

しかし古くから使われているこのような鎌にそんな現代技術が使われてきたわけがなく、いったいどのように熱処理されているのか、或いはそもそも熱処理されていないのか、興味があるが、よくわからない。素材の金属もわからなかった。

ともかくこんな大きな刃物が1万円以下ということは、日本の鎌と同じような焼き入れはされていないだろう。


ショップサイトの下の方に、番組で鎌の先を叩いていたハンマーがあった。Dengelhämmerというらしい。
Dengelnを日本語訳してみると「ピーニング」と出てきた。

なんだっけピーニングって?角質処理?それはピーリングか?
日本語では一般的じゃないようで、weblioで検索すると英語の解説が出て来た。
それによると、予想通り、ハンマーによる打撃やブラストショットなどで金属表面を加工する作業で、硬化効果がある、ということだ。

専用の作業台を売ってる店もあった。
http://www.schmiedetrubschachen.ch/schmiede/sensen/dengelstock_mit_amboss/index.html

専用のハンマーや作業台まで市販されているということは、この大鎌は昔からユーザーがハンマーで刃先を叩いて冷間加工しながら使う物なのだろう。
おそらく刃が柔かいので多用したり硬い物に当たっても欠けるのではなく曲がるのではないか。それをハンマーで刃先を叩いて薄くして修理する。そういうことではないかと想像した。

鎌用の砥石も売っていた。
Sensenwetzsteineはグーグル翻訳だと「鎌」としか出てこないが「sense」が大鎌で「steine」が石だから鎌砥石のことだと思う。画像検索しても鎌砥らしきものが表示されるし。天然砥石もある。砂岩や泥岩などの中砥レベルまでの砥石は世界中で産出するようで、ヨーロッパでもアジアでもよく見かける。
日本の鎌砥も似たようなものだが、ここの物はラグビーボールのような曲面の物が多い。内反りしている鎌の刃を研ぐ砥石としてはこちらの方が適当だろう。私も鎌砥はカマボコ状に整形して使っている。


もしイッテQがもう一度この大会に参加するなら、マグロ包丁も作っている福井の清水刃物さんあたりに頼んで、焼き入れした刃をつけたゼンゼを作ってもらって持参するといいんじゃないだろうか。手越裕也ならいい成績が出せるかもしれない。性能は段違いのはずだから宮川大輔でもかなりいいとこ行けるかもしれない。
なにより日本の鍛冶屋さんに鍛造のゼンゼを作ってもらって、ヨーロッパの人達にびっくりしてみてほしい。

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片刃の牛刀

片刃に研いだ洋包丁が、ときどき研ぎに出てくる。

牛刀や三徳包丁といった洋包丁は、普通は、もともと両刃である。英語でDouble bevelという。

初めから片刃の洋包丁も販売されている。
杉本、ブライト(片岡刃物)、MACなど。
杉本とブライトは両刃も片刃も売っている。MACは新品で両刃のものを見たことがない(MACの包丁自体あまり見る機会が無いのだが)。


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写真の包丁は、奥から、
木屋 NO6スウェーデン鋼240mm牛刀(炭素鋼)
有次 210mm牛刀(炭素鋼)
釜浅商店 150mmペティナイフ(ハイス鋼)(これは自分の包丁)

いずれも、はじめは両刃だったものをあとから片刃に修正してある。
新品の両刃包丁を片刃にしてほしいという依頼を受けることもある。(ペティナイフは私が修正したもの。)
持って来るのは、調理センターなどで働いているや料理人さん。またはそいういう人から譲り受けた人。


片刃のメリットは、

・野菜がまっすぐ切れる(端から刻む場合)
・研ぎやすい
・刃が鋭角なので切れ味に勝る

といった点。


片刃と両刃の特性は以前図説した
同じことだが、大根を切る写真で再度説明してみる。

まず木屋の牛刀。
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右面が主に斜面になっている。(左面も多少傾斜しているが)
これを下に押し下げると、右面は大根が切り離れていくから抵抗を受けない。左面はほぼ平らなので抵抗を受けない。結果、まっすぐ切れる。

もしこの包丁で大根の端ではなく真ん中あたりを切ると、右の斜面だけ抵抗をうけるので、斜め左に刃が入っていく。


一方、釜浅商店のペティナイフ。
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左面が斜面になっている。
これを下に押し下げると、左面に抵抗を受けるので・・・・

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こうなる。
真ん中付近で切っても同じようになる。


このペティナイフは左利き用の間違った刃付けなのかというと、そうではない。
右利きの私が使うために、わざとこうしてある。

なぜ刃付けが逆なのか?
ペティナイフは果物の皮を剥いたりするからだ。
リンゴの皮を剥くでも大根の桂剥きをするでもいいが、
右手に包丁を持ち左手に材料を持つと刃の当て方は逆になるのである。

木屋のいわゆる右利き用片刃の牛刀。

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釜浅商店の俗に左利き用片刃とされるペティナイフ。

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牛刀の方の刃付けでは、刃を食材に入れようと押し込むと、外に逃げてしまうのだ。
食材に当てている角度も違うことがわかるだろう。
皮を剥くにはペティナイフの方がずっと作業しやすい。
上手な人は包丁を食材に向けて押し込むのではなく食材を回して角度を一定に保った包丁に入れてゆくから、牛刀のような刃付けでも両刃でも薄くきれいに剥けてしまうのだが、どちらがやり易いかといえばペティのような刃付けだ。


ところで先の図説の記事のコメントでで左利き用を右手で使うことになっておかしいという指摘があった。
和包丁なら確かにそうだ。混乱させてしまっているのは遺憾である。
図を修正するか検討したのだが、洋包丁のチューニングを念頭に置いた図説なのでそのままにしている。
和包丁のひとはこのブログを見て包丁の形を修正することなどまず無く「おかしなこと書いたブログがある」と思うだけだろうが、洋包丁は実際に刃付けのチューニングの参考にする人がいるようだからだ。


右利き用の薄刃包丁は上の牛刀と同じ面が斜面になっている。
しかし問題にならない。

なぜかというと、小刃がついていないからだ。

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上の面も下の面もビシっとまっすぐ。(ちなみに下が表で上が裏)
洋包丁のような段刃になってない。

桂剥きに使う薄刃包丁に二段刃はご法度とされるのはこのためである。二段刃に研いで小刃をつけると上の牛刀と同じになる。
刃持ちを良くするためにごく僅かに糸刃をつけたり、切り抜けを良くするために心もち蛤にすることはあるけど、洋包丁のような極端な小刃はつけてはいけない。出刃包丁や刺身包丁ならいいが、薄刃はダメ。

1万円以下ぐらいの安い薄刃包丁にはかなりエグい二段刃の物がある。
研ぎ卸してほしいという依頼がたまにあるが、手研ぎでは泣きそうになる作業。
暇なときはやらないでもないが、できればメーカーに依頼して頂きたい。
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やっちゃった!

折れちゃった! (+_+)

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反りを直すためにため木でちょっと力を入れたら折れた。

鋳物か?
「昔ミシンを買ったときについてきたハサミ」
ということなので高い物ではないと思うけど。

裁ち鋏は刃裏を磨くと素性が現れるが、奇妙な刃境が現れた。

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刃金と軟鉄の複合材のように思えるのだが、峰側にも細く刃境が出る。
どういう構造か想像がつかない。
破断面はシャープではなくデコボコした感じ。
欧米の全鋼丸焼きのハサミでも多少はこじって反りの調整ができる。このハサミほど脆くない。

今回はお客さんが
「使ってないのだからいいですよ」
と言ってくれたので良かったが、また同じようなのが来ても判別できないかもしれない。
困った。


(追加)
ちなみにこれが断面の拡大。石みたい。鋳鉄かなあ。
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