柄埋め至上空前絶後!

柄の隙間に水分が残ると、中から錆びて最終的には柄が壊れる。
洋包丁の柄は交換がたいへんなので、なるべく壊れてしまう前に隙間にエポキシ樹脂を流し込んで固めてしまう。

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ふつう、これぐらい腐食すると柄が割れてしまうか中子が折れる。

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この状態で折れずに耐えているのがミラクル。
なぜ折れなかったのかは謎だが、スカスカになったおかげで内部の排水がうまくいっているのかなとは思う。
ふつうは柄材の木がこうなる前に中子が錆びて折れる。

ちょっとした接着剤1本分ぐらい使っているかもしれない。

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銘が、築地有次ではないような。
京都有次だろうか?

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これは同時に出してもらった別の包丁の刻印。
スウェーデンのボーラー・ウッデホルム社にK190とかK294とかいう鋼材はあるようだが、K121というのがどういう鋼材なのかはわからなかった。

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合わせ包丁の刃境線

合わせ包丁(や、割込み包丁)の刃境線について考えてみる。

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合わせ包丁の刃境線が波打っているのは、二種類の鉄を接着して伸ばすときにハンマーで叩くためである。二種類の鉄を叩いて接着することを鍛接(たんせつ)といい、叩いて形や厚みを整えることを鍛造(たんぞう)という。
鍛接・鍛造したことの証が刃境線のナミナミ模様なのだ。

刃境線がまっすぐな合わせ包丁もある。これは、個々の鍛冶屋が鉄を張り合わせて叩き延ばしているのではなく、あらかじめ鋼材メーカーが巨大なローラーを使って圧接・圧延したものだ。利器材と呼ばれている。
利器材を刃物メーカーが仕入れて、包丁の形に切り出して作った包丁は、刃境線がまっすぐだ。

どちらかというと鍛造品の方が製造に手間がかかるので相対的に高価になってしまう。ではみんな利器材を使えばいいのではないのか?鍛造には何かメリットがあるのだろうか?

鍛造の基本的な目的は「造」という文字があることからわかるように形を整えることである。しかしそれだけではなく、ハンマーで叩くことで鋼材を構成する粒子が微細化し、そのせいで靭性(じんせい/ねばり強さ)が生まれるのだ。
同じ硬さでも靭性が高いと“強靭”になるのである。

包丁は刀じゃないので強靭さなど大して必要ないのではと思われるかもしれないが、刀よりとても薄い刃物なのでもともと壊れやすい。強靭さが増すことによって折れたり刃こぼれしたりしにくくなる。

また組織が微細化するとより極薄な刃先に研ぎ上げることができるので、包丁には過剰な水準かもしれないが、究極の切れ味に仕上ることもできるのだ。

他の諸条件が同じであれば、刃境線が波打った包丁の方がまっすぐな包丁より強靭であろうと期待できる。

では、なるべく大きく派手に波打った包丁がより良いのかというと、実はそうとも言えない。
あまり波打ちが大きすぎるとこういうことになりかねない。
http://hamonotogiya.blog75.fc2.com/blog-entry-269.html
ハガネが中心を通っていないのでどう研いでも刃道に軟鉄が出てしまうのだ。

ここまでひどい状態にならないにしても、あまり大きく波打ちすぎているものは良くない。

そもそもなぜこんな状態になってしまうのだろうか?
焼入れで曲がったのを叩いて修正せずに刃付けでまっすぐにしたのかな?と思ったが、それだと全体的に相当削り出す必要がある。黒打ちの皮膜が残っているのでおそらくそれは無い。
だとしたら、焼き入れ前の鍛造整形の段階で既にウネウネになってたということだから、ひどい包丁である。

おそらく高温で鍛造したんじゃないかと推測する。
鉄は熱いうちに打てというが、高温であるほど柔らかく整形しやすいので、作業が早い。
しかし高温すぎると組織が変態したり脱炭して硬さが損なわれてしまったりする。

鋼材によって鍛造に適した温度帯があるのだが、
http://www.toishi.info/pro/tanzou/ondo.html
高級刃物を中心に鍛造している鍛冶師は、なるべく低温でじっくり数多く叩いて整形するそうだ。経験上、同じ鍛造の包丁でも高価な物の方が刃境線の波打ち具合は落ち着いているように思う。

低温鍛造の方が何度も叩くので組織が緻密になり強靭さが増すのではないかと思う。しかし時間がかかるし鍛接不良のリスクも増すようだ。そういった問題をクリアしつつなるべく低温でじっくり鍛造した製品が良い製品なのだろうと思う。

鍛造品の中では、刃境線があまり大きく波打っているものより穏やかな物の方が良いように思うのだが、刃角度が浅いほうが波打ち具合は大きく見えるし、単純に手を抜いてしっかり鍛造していないものも見た目は穏やかに見えるかもしれない。
刃境線は派手にうねうねしていればいいわけではないのだが、穏やかなら良いというわけでもない。刃境線の具合だけで良否を判断するのは難しい。

しかし見た目ではわからないところで作り手は手間をかけたりちょっと抜いたりしていて、それは確実に製品の良否に影響している。
消費者には、包丁の違いは鋼材やせいぜい仕上研ぎの違いぐらいしかわからない。そういった自分に理解できるカタログスペックだけで製品を判断して、その基準の範囲でなるべく安い物を求めるようになってしまうと、見えないけれど品質に大きな影響を及ぼす部分に手間ひまをかけた本当に良い製品が無くなってしまう。

こと手打ちの刃物に関して言うと、良い物を手に入れたいなら、信用できる専門店に行ってなるべく上級のランクの製品を買っておくのが間違い無い。
長い間使える道具なので、皆さんには予算の許す範囲でなるべくそういう買い方をしてもらいたいと思う。
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柔らかい面と硬い面の色の違い

包丁の表面を磨いていると、柔らかい部分と硬い部分の色が違って見えるようになる。

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しかし、実はこれをさらに徹底的に磨き込むと、柔らかい面も硬い面も同じような鏡面になり、境目の線は見えなくなる。

鏡面とは光が入射角に応じた角度で正反射する状態のことだ。

そもそもある物が見えるということは、光がその物の表面に当たって反射して、私たちの目に届くということだ。
まっ暗闇でボールを投げたら跳ね返ってきて体にぶつかったので、前に何か障害物があることがわかった、というのと、理屈は同じことである。音波を使ったソナーも同じ理屈だ。ボールや音と同じ役割を光(光波/光子)が果たしているのである。
その光が網膜上の視細胞にぶつかると、視細胞が電気信号を発信する。するとその電気信号が視神経を介して大脳の視覚野に伝達され、脳がそれを整理して映像という形で理解するのである。
皮膚には触覚や痛覚や温度覚があるので物に触れた感触や痛みや温度を感じるが、光が当たったということを感じることはできない。光は重量ゼロの特殊な粒子なので肌に当たっても感じられないのだ。光には質量は無いがエネルギーはあるので、強い光は熱として感じらるが、それが光なのか光ではない他の電磁波なのかを区別することはできない。
目だけが光を特有に感じるセンサーなのである。

光は波のように振動しながら空間を飛びまわっている。光の振動する幅を波長という。

波長

人の目は光の波長も識別する。波長の比較的長い光は赤、短い光は紫として認識される。色が波長なのだ。
リンゴが赤く見えるのは、リンゴの表面が赤い波長の光だけを反射して、ほかの波長の光を吸収しているからで、海が青いのは同じく水が青い波長を反射するからだ。

話を鏡に戻すと、鏡は何色なのだろう?
実は、鏡には色はない。全ての波長の光を等しく反射している。
そもそも鏡面というのは色のことではない。先述のとおり光を入射角に応じて正反射する性質を有する、物の表面の状態のことだ。
ほとんどの物の表面はミクロレベルで見ると凸凹があるので、ぶつかった光はいろんな方向に乱反射する。

しかし非常に平滑な物質の表面では光が乱反射せず、ぶつかったときと同じ並びで跳ね返るので、光がその物質の表面にぶつかる前に反射してきた物の姿をそのまま伝えることができるのだ。

反射


鏡の表面に細かい傷をつけて光が正反射しないようにすると、白く曇って見えるようになる。
白という色は全ての波長の光を等しく反射している状態だ。ちなみに黒は反対に全ての波長の光を吸収している。

物が見えるということにおおまかに言うと以上のような現象だ。


刃文や刃境線が現れる理由は硬軟差である、という話に戻そう。

刃物の表面の硬軟の差によって曇り具合に違いが生じるのは、同じように研磨したときに硬い面より柔らかい面の方がミクロレベルで見ると凹凸が大きくなるためだ。
そのせいで、乱反射の度合いに違いが生じるため、曇り具合が違って見えるのである。

そして先述したように、実は徹底的に磨きこんでゆくと最終的には硬い部分も柔らかい部分も同じ鏡面になってしまう。
どちらも最終的には凹凸の無いまっ平らな状態になるので、見え方としては完全鏡面になるわけだ。そうなると、刃文や刃境線は見えなくなってしまう。ダマスカス模様も同じような理屈で現れるので、やはり磨きこむと模様が消えてただの鏡面になってしまう。
刀の研ぎではそのような状態を「肌が伏さってしまう」と言い、刀剣鑑賞の醍醐味が失われてしまうので嫌われる。
多くの人造仕上砥石は硬さと大きさが揃った画一的な砥粒が内包されているので、研ぎ込むと鏡面に近づいてゆくが、おそらく天然の内曇り砥石に含まれる研磨粒子は大きさや硬さがランダムなので、鉄肌の硬い部分と柔らかい部分の差を目立たせてくれるのだと思う。


さて、刃文も刃境線も、刃体表面の硬軟の差によってそれが現れるという物理的な理屈は同じである。
違うのは、どうやってその硬軟差をつけているのかという、方法だ。
刃境線は、もともと物理的に硬さに違いが生じる異なる種類の鉄を接着したためにできる硬軟差だ。
これに対して刃文は、焼き入れをするときに「土置き」という工夫をすることによって、鉄の表面に硬さの違いを生じさせている。

(つづく)
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波紋と刃紋と刃文

刀の刃に現れる文様のことをハモンというのだが、ネットではこれを「波紋」と書いてあるのをよく見かける。しかしこれは間違いで、正確には「刃文」と書く。

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誤入力も多いと思うが、波打つようにうねうねした模様が多いので「波紋」で間違いじゃないと思っている人も少なく無いのではなかろうか。
しかし刃文には直刃(すぐは)といってまっすぐなものもあり必ずしも波打っているわけではない。

「刃紋」と書いてある文章もネットではよく見るが、これも間違いだ。
刀剣の専門書に「刃紋」という字が使われているものはない。江戸時代以前の古い本もみな「刃文」である。辞書も「刃文」で、「刃紋」という字は無い。
「波紋」という文字は変換候補に自動的に出てくるので誤入力も考えられるが、「刃紋」は「刃」と「紋」を別に選択して入力しなければならないので、「刃紋」という文字を使っていると刀剣の専門書を読むことがあまりなく確信的に間違えているということがバレてしまう。


合わせ包丁や割込み包丁で、軟鉄と刃鉄を張り合わせた境目に現れる線のことを刃文と書いてあるのもよく見る。

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それが正しいのか間違いなのかは議論の余地があると思うが、辞書でもwikipediaでも刃文は刀の文様であるとしているので、識者の間では現在のところ合わせ包丁のそれを刃文というのは厳密には正確ではないと理解されているのではないだろうか。
ちなみに私は「刃境線(はざかいせん)」と勝手に言っているが、ネットで検索してもほかにこのような言葉を使っているサイトはヒットしないし、辞書にもそのような言葉は載っていない。
そして私もこの刃境線と刃文は別なものとして区別するべきだと考えているのだが、それは、刀の方が包丁より格が上だからというような理由では無い。包丁でも本焼き包丁に現れる文様は刃文である。
構造的に文様ができる仕組みが刃文と刃境線では異なるということが理由だ。

そもそも、なぜ刃文や刃境線のような文様がブレード表面に現れるのか。
それは端的に言うと、ブレード表面に硬度の違う部分があるからだ。その理屈はどちらも同じである。
ブレード上の比較的柔らかい面の方が硬い面より曇って見えるのである。

ではなぜ柔らかい面が曇って見えるのだろうか?

(つづく)
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切っ先の修理

切っ先が欠けた包丁の修理。

藤次郎プロ、おそらくDPコバルトの、牛刀。
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けっこうガッツリ欠けているが、、、
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切っ先の修正はそれほど大変ではない。手研ぎで10分もかからなかったと思う。
ただ、一般家庭によくある中砥石なんかでやると、砥石がガタガタになってしまう。
荒砥石の中でも、普段標準で使っている「あらと君」では砥石の損耗が激しい。
こういう作業にはシグマパワーの120番。

これぐらい欠けてるものを一般のご家庭で修理するならグラインダーでやっつけてもいいのかもしれないが、熱を持つので、刃線側の修正はできるだけ手研ぎにしたい。

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テーマ : 包丁研ぎ
ジャンル : 趣味・実用

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