天然砥石

青山熊野神社で仕事をしているとおじいさんが見物にやってきた。
おじいさんといっても腰が曲がってヨボヨボしているわけではなく、所作が控えめで声が小さく黒髪勝ちなムツゴロウさん、といった様子の方である。
しばらく話をして、そのうちフイといなくなり、またしばらくすると紙袋を持って戻ってきた。
紙袋の中にはでっかいアーカンソーストーンが2本入っていた。
アーカンソーストーンはアメリカのアーカンソー州で採れる、別名ノバキュライトといわれる岩石で、大理石のように白くて非常に目の細かい仕上砥石だ。
ライターかマッチ箱みたいな大きさにカットして売られているものしか見たことがなかったのだが、インターネットで現地鉱山の写真を見ると城の石垣にでも使えそうな巨大な塊が路頭していたりする。なぜ小さなものしか売られていないのか正確なことはわからないが、思うに、あちらでは日本式に砥石を据えて刃物を動かして研ぐという習慣が無く、砥石を刃先に当てて研ぐからではないだろうか。
それが、日本の砥石の二丁掛けぐらいの大きさなのである。
聞くと、骨董市巡りが趣味の方で、どこかの理髪店で使われていたもので、日本向けに大きく切り出されたものだろうということであった。戦前のものではないかと思われる。
ためしに薄刃包丁を当ててみたが、キンキンの刃がついた。真っ黒な砥汁が出て、研ぎこむと切刃は曇らずピカピカになりそうな気配であった。なるほど、カミソリなら良い刃がつくかもしれない。しかしカミソリ砥ならもう少し小ぶりな方がいいかもしれない。
残念ながら写真は無い。

その翌々週。

こんどは現代の刀工の技法と作品に関する本を一部コピーしたものを、あげる、と言って持ってきてくれた。
やや古びた様子から、私にくれるためにコピーしてきてくれたというわけではなく、コピー自体を以前から持っていらっしゃったのではないかと思われる。
かなり面白い。
周辺の図書館には置いていなさそうなので、不足するところは国会図書館で閲覧したいと思う。

またしばらく話をしたあとフイと立ち去って、夕方近く、紙袋をふたつ持って再び現れた。
紙袋の中には天然砥石が数本入っていた。
くれるという。
残念ながら天然砥石にはあまり詳しくないし、普段家庭用包丁を研ぐのにはほとんど使わないし、よくわからないなりにも高そうなものもありそうなので、私にくれるよりオークションででも売ったらどうですか?とも言ってみたのだが、かまわない、好きに使っていいと言うので、ありがたく頂戴した。

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いちばん左は、天草の赤かな?
天草砥は今でも熊本の天草地方で採掘されていて流通量が多く、貴重な砥石というわけではない。
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天草砥には「赤」と「白」の二種類あって、赤茶色っぽくて積層模様が濃い「赤」の方が少し目が粗い。「白」は私も持っている。よく締まった程よい硬さの中砥石で、小さい欠片にして錆などを磨くのにいちばん有用な砥石だ。備水という名前でよく売られている。
しかしインターネットで天草砥の赤の写真を見ると、積層模様の感じが何か少し違うように思えた。天草の赤は積層の線が細かく波打っているものが多いが、この砥石はまっすぐなのだ。
伊予砥の欠片を持っているが、それに似ている気がする。
伊予砥だとするとこんな大きなものは見かけないので、貴重なものじゃないかと思う。
ギター製作をされている田中清人さんのブログに、沼田砥で同じような積層模様のものが紹介されている。
ほかにも似たような砥石が各地にあるようだ。
伊予砥と天草砥は種類の違う岩石なので成分分析をすれば大まかな区別できるんじゃないかと思うが、当然そんな装置も能力も無い。
けっきょく何の砥石だかよくわからない。
研いだ感じは砂ツブが出てきて鉄肌に引っかき傷をつける(地を引く)ようなこともないし、泥ばかり出て型くずれが早いということもない、予想よりきれいに研げる良い砥石だった。


左から二番目は、沼田砥だそうだ。
沼田砥は群馬県の沼田で採掘していた中砥石だ。昔は産出量が多く関東では数多く出回っていた砥石らしいが、今は採掘されていない。はじめて現物を見た。
上述の田中清人さんのブログでは沼田砥もバリエーションが多いようなので、相当詳しい人じゃないと判別できないと思う。

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水をかけるとグレイに見える斜めの筋が青緑っぽくなる。
砥粒を感じないねっとりした砥泥が出る。
鋼が削れた証拠である黒っぽい砥汁が出るのでちゃんと研げていることがわかる。
もしかすると仕上砥石なみに細かく研げているのではないかと思って砥石に当てた切刃を見ると、かなりはっきり研ぎ傷が残っていた。
おそらく深い傷ではないだろうけど、なるほど中砥だなと得心した。


左からみっつめは「大平の蓮華」とのこと。
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ワケアリで、真ん中で半分に割れたのをくっつけたそうだ。
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包丁を当ててみたかぎり割れ目で筋を引くようなことは無かった。
包丁で問題が無くても軽くて小さい刃物だと引け傷がつくものがあるので、いろいろ試してみたい。
真っ黒に近い焦げ茶の砥汁が出た。
悔しいことに、北山8000番より圧倒的に鋭い刃が簡単についてしまう。


右4つのうち、右上と左下の薄い仕上砥。
中世中山砥石、というみたい。
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さざれ銘砥さんの砥石だそうだ。
表の判のかすれ具合からほとんど使われていないことがわかる。
薄いので無駄に使うのがもったいなく、まだ試してない。
剃刀とか小刀とか彫刻刀みたいな、小さいものを研ぐときに使ってみる。


右四つの左上のコッパ。
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針気がある。実用上は何の問題も無い程度だが。
柔らかめの刃物を当てるといいのかな?


右下、広い面で薄い砥石。
内曇り砥だそうだ。
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内曇り砥石というのがどういう砥石なのか、まあ仕上りが曇るということなんだろうけど、そうでないものと比べたことがないのでよくわからない。
昨日集配のときに見かけてたまたま覗いてみた御徒町の坂井砥石さんによると、仕上砥石の中では少し粗めの砥石だそうだ。


たまたまお客さんのステンレスのダマスカス包丁があったので当ててみた。

【BEFORE】
市販の回転研ぎ機を当てて刃線際にヤな傷がついている。
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【AFTER】
ステンレスだけどいい感じになっちゃった。
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貴重な天然砥石をご家庭包丁の研ぎに使っちゃっていいのかなぁという気もするのだが、使いなさいということで譲っていただいたのだと思うので、ちょっと良さげな刃物にはガンガン使ってみるつもりだ。
天然仕上砥石専用の研ぎ桶でも作って砥泥収集しようかなあ。
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