切れ味確認

町中で刃物研ぎをしていると、いろんな人がやってくる。

子供とおじさんは興味深そうに見物していく。
若い男は、あまり近寄って話しかけてこない。お客さんとしても少ないので、生活道具として刃物を使う機会が少ないためではないだろうか。子供以外の女性は、お客さんであっても、研いでいるところにはあまり関心を示さない。しかし、年齢に関係なく、よくしゃべる人が多い。

刃物研ぎについていろいろ突っ込んで話しかけてくるのは、断然おじさんが多い。

「切れ味はどうやって確認してるんですか?」

「えっと・・・」

言葉につまってしまった。
そういえば、さいきん、研いだあと切れ味の確認をめったにしていないことに気付いた。
昔は爪に刃が立つかを確認していた。しばらくして、爪がガサガサになるので、ストローに変えた。
いまは、指の腹で刃先に触れているだけだ。

包丁はあまり確認はしない、と答えると、

「木を薄く削る大工さんは、顕微鏡で刃先を確認していましたよ」

ああ、なるほど。
削ろう会の映像でも見たのかな。

「1000分の1ミリレベルの精度だと指で触ってもわかりませんからね」

しかしそういうレベルの刃先の鋭さは、プラスチックのまな板でニンジン1本輪切りにすると、失われてしまうのだ。研ぎたてのひと切りめの、切れ味を、ものすごく良くするために、高価な砥石を使って、けっこうな時間を費やさなければいけない。

それに、ニンジンを切るときの抵抗は、刃先が触れる部分の結合力だけではない。
たしかに、刃先の厚みが小さいほど、刃先が接触する部分は小さな力で分断することができる。しかしそのあとに、包丁をニンジンの中に押し込んでゆくとき、刃体の側面に受ける抵抗がある。大きくはこのふたつの抵抗を合わせた総合的な抵抗力の大きさが、刃物を持っている手に感じられる「切れ味」の正体なのだ。

仮に、刃先が対象を分断する切断抵抗が、1g/cm2、そして側面抵抗もおなじく、1g/cm2、としてみよう。
刃先を鋭く(=薄く)研ぐと、切断抵抗は小さくなる。1g/cm2から半分の0.5g/cm2になると、側面抵抗と合わせた抵抗力の合計は、2g/cm2から1.5g/cm2、つまりもとの75%に減る。これぐらい抵抗が小さくなれば、切れ味がよくなったと感じられるだろう。
しかし、刃先をさらにどんどん薄くしていって、0.1g/cm2から半分の0.05g/㎝2になっても、側面抵抗は変わらないので、抵抗力の合計は95.5%ぐらいにしか減らない。これではたいして切れ味が良くなった感じられない。たぶん、もともとよく切れていたので、研いだ効果がわからない、といったことになるのだろう。

刃先が薄くなるほど、さらに一層薄くしても、体感的に違いは感じにくくなる。
ところが、薄くするための労力は、実は、薄くなればなるほど大変になってゆくのである。

刃先の切断抵抗と側面抵抗との適正なバランスは、何をどう切るのかということによっても変わる。
カンナで木を削る場合、削り華は紙のようにごく薄く、刃体側面を圧迫することがないので、側面抵抗はほとんど考える必要がないのである。だからカンナのような道具であれば、刃先を極限まで薄く研ぐことにだけ注力すれば、結果が出る。
しかし、木材の表面を平滑に仕上げるというカンナの本来の目的であれあば、これぐらいきれいに仕上がれば十分という合格点があるはずなのだが、削ろう会のように、競技としてより薄い削り華を出すことを目的とした場合、どこまで突き詰めても終わりがない。
このような競技も、実用を逸脱し、バランスという観点のないものになってしまう。

求められるバランスの要求点は、誰が、どんな刃物で、何を、どのように切るのか、といった、条件と目的によって変わるのである。
条件と目的があいまいであるほど、要求点は、点というより大きな円のようになり、許容誤差が大きくなる。
条件と目的が厳密に定位するほど、要求点は小さく絞られる。
観念的になり、目的や条件が現実から逸脱すると、要求点は無限遠に消えてしまう。

包丁についていうと、たぶん私は、刃先については十分すぎるぐらいの薄さまで研ぎ出していると思う。100倍以上の顕微鏡で見るとガタガタしているかもしれないが、一般的な包丁の用途で不満が出るようなことは、まずないはずだ。
側面抵抗の大きさは、実際にものを切ってみなければわからない。これについては、ニンジンやダイコンを用意して刃線全体の切れ味を確認する手間ひまが、現状の研ぎ代ではかけられない。いまのところ、研いだ包丁の切れ味が悪いというクレームがないので、研ぎ代を上げて厳しく検品することは考えていない。ということだ。


「包丁は顕微鏡なんかで見ても意味ないです。とくに切れ味の確認ということはしてませんけど、だいじょうぶです。切れますよ。」

長々とした説明がとっさにまとまらず、そう答えるだけになってしまった。

おじさんは、すこし釈然としない顔をしていた。
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作業中 柄の腐食

和包丁の柄がなんだかふくらんでいたり、洋包丁の柄が隙間ができていたら、ナルハヤで、エポキシ接着剤などをつかって隙間を埋めてしまったほうがいい。
むずかしい作業じゃない。
いちど埋めてしまえば、あとは問題なくなる。


ながいあいだほおっておくと、こうなる。

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和包丁だと、こんなふうにヒビが入る。

そしてこれを割ってみると、


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この赤錆を除去と、紙のようにペラペラになっていた。


別の包丁。

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この柄を割ってみると、


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錆を落とすと、こんなふうに。

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もう一本。
こんどは洋包丁。

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残滓をとりはずすと、

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フルタングだったら中子を延伸せずにすんだかもしれない。
しかし残念ながらハーフタング。
このまま柄をつけてもリベットが役に立たない。
エポキシで埋めるだけではもたないと思う。


3本とも、中子の延伸が必要。
3本とも、中子の生きている部分(厚みのある部分)が少なく、カットすると、ロウ付けでも溶接でも刃の焼きが戻ってしまわないか心配。

なるべく熱を入れずに対処する方法について、検討中。


つづく。
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