変わった包丁

取次をしてもらっているオートバイ屋の馬力屋さんから、

「黒い欠けた出刃包丁だけど、研ぎ代はいくらになるだろう」

と電話をもらった。

「もしかすると両刃かな?それなら家庭用包丁と同じでいいですよ。欠けは見てみないとわからないからお預かりしてみて。」

といって、預かりに行ってみると、妙な形で、柄には「種子島」と焼印があった。


0003_20110610003058.jpg



種子島といえば「種子鋏(たねばさみ)」という鋏がわりと有名だ。
しかし、種子島包丁という物ははじめて見た。

「本種」という刻印は、その昔、大阪の商人が種子鋏のコピー商品を作って売り始めたから、もとの種子島の鋏業者と揉め事になって、種子島で打った鋏には「本種」という刻印を打つことになったのだという。「鋏読本」というマニアックなムック本で、確かそういうふうに紹介されていたと覚えている。

その「本種」の打刻が包丁にある。

0002_20110610003058.jpg



ネットで検索してみると、どうやら池浪刃物製作所というところで造った物らしい。ホームページがあった。

しかしこんな形をした包丁は紹介されていない。


自分で研いでこんな形にしてしまったのだろうか? と、はじめは考えた。

しかしよく観察するとそうでも無さそうだ。


何よりも、峰側がまっすぐだからだ。

もし、元の形が出刃や牛刀だったとしたら、そうとう長い物だったということになる。
微妙にカーブがあるから菜切りの先を丸めた風でもない。

素人が牛刀や三徳をこれほど変形させる場合、グラインダーで削ってしまっていることが多いけれども、グラインダーを当てたような痕は無い。そもそも研いだ気配があまり無いのである。黒打ち部分も綺麗に残っている。


もうひとつの形状の特徴は、反りのあたりが刃元より幅広になっていること。

グルカナイフや鉈がこんな形状である。
頭を重く造ってある刃物は、物を叩き切るのに使われる。

わざとこういう風に造ったのであれば、何か特別な用途のための包丁かもしれない。


研ぎ屋としては包丁なりに刃付けをして「マイドアリガトウゴザイマス!」とお渡しすればいいのだけれど、正体不明さ加減がマニア心をくすぐって、お客さんに電話をして聞いてみた。

すると、

「よくわからないが千切りがしにくくてつながってしまう。」

とのこと。

貰い物で、特にどうしたいという希望があるわけでもないようだったから、刃元から反りまでの刃線をまっすぐにして、あとは包丁なりに研いでお渡しした。


画像で見てもあまり違いはわからないと思うけど。

0004_20110610003057.jpg


ちょっと変わってるけど手打ち炭素鋼の包丁は研ぎやすくて良い刃がついて、気持ちいい。


さてこの包丁がどういう物なのか。

池浪刃物製作所にメールで問い合わせをしてみるところ。


池浪刃物製作所
http://park10.wakwak.com/~ikenamihamono/houtyou/houtyou.html


***** 追記 6/16 *****


池浪刃物さんから返信がきた。

写真で拝見した包丁はナギナタ包丁と私どもでは呼んでいます。

ここ種子島では昔から漁師が船に置いて餌切り包丁として使ってきました。
また、鰹節作りで有名な鹿児島県枕崎市ではカツオを三枚おろしにする時に
現在でも使われています。

慣れてしまうと出刃包丁で捌くよりスピーディに仕事ができるそうです。

ということです。
ご丁寧にありがとうございました。

「ナギナタ包丁」で検索すると、販売してるところがあった。
http://www.tanebocho.com/products/Naginata-fish-knife.html

広島に住んでるオーストラリア出身のマイケルが作った、種子島の刃物を販売する英語のサイト。なんか不思議w


鉈といえば、うちに剣鉈型のナイフがあった。

http://www.tanebocho.com/products/%E3%83%8A%E3%82%AE%E3%83%8A%E3%82%BF%E5%8C%85%E4%B8%81.html

土佐にカツオ包丁というのがある。
http://www.utihamono.com/houcho/katuo.html


いずれもソリが強い。
切っ先やソリを押し込む動作に優れている形状。
端的に言うと「刺しやすい」。
魚の腹を裂くのに便利なのかもしれない。

形状の由来については信頼できるエビデンスが見つからないので「かもしれない」にとどめるが、今も造られ且つ使われている、現役の刃物であるということは判明した。


野菜の千切りにはちょっと使いにくいかもしれないけれど、お客さん、カツオとかハマチとかビシバシ捌くのに使ってあげてください。

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No title

刀鍛冶と野鍛冶と包丁鍛冶と一緒にするのは時代設定的にも問題があります。包丁専門の鍛冶として、あくまで堺の包丁鍛冶のルーツが種子島の鍛冶で江戸時代、天下平定後鉄砲の需要が無くなった鉄砲鍛冶が煙草包丁の生産に変わり、今日に至ります。江戸の中期以降庶民文化が発展して、食生活の変化と共に包丁の商品としての需要が大きくなり、地方の刀鍛冶の需要が減り、地方から堺に包丁鍛冶として来た者もあり、包丁産業として栄えたわけで、地方の野鍛冶は野鍛冶から転業して、機会工場として栄えた者や包丁に見切りをつけて、
他の工業に育った会社が沢山あります。商業的な成功として、考えるのと、文化として考えるのは大きく違います。次に韓国からの下りですが、今の韓国と言うより、漢民族と考えますと中国の多数も漢民族で、この場合、当時の文化の流れで、民貿易だと思います。国境が接していても、この当時は国家の体制が出来ていて、簡単に隣国と貿易が出来ないようになっています。今のように情報が行き渡っていても、北朝鮮やロシヤがそう簡単に民間貿易、文化交流が出来るとは思えません、当時の種子島は薩摩藩の検疫が薄く沖縄、台湾は中国支配、韓国も属国と言えば問題が有りますが、領土的に言えば中国圏です。
日本の当時の閉鎖的な環境と元寇の役などから、表立って活発に九州に貿易港を持っていなかったと思います。それで、西欧と中国の貿易の補給港や避難港とし、種子島が有るわけで、鉄砲が伝来した。1千5百年代の中ごろは、民との貿易は途絶えていた時期ですが、暗黙の了解でいきいきが有ったと思います。包丁としての産業や商品がハッテンしたのと、鉄や鍛冶が出来たのと一緒に考えたり、地方の鍛冶が衰退したのではなく、需要や発展的工業に変わったわけで、何となく問題が外れるのですが、前回の説と今の形の包丁の前の昔の形の包丁で種子島で残ったのかもしれませんが、詳しい文献がありません、そう言えは民話の鬼婆の持ってる包丁もこんな絵で書かれています。

Re: No title

中国はいろんな形があるらしいけど、いわゆる中華包丁と、上海型だったかな、先丸のがありますね。
韓国の包丁検索してみたら、似た形のがありました。

翻訳すると伝統的なものは「鋳鉄包丁」と訳されたんだけど、ホントに鋳鉄なんでしょうか。
そっちの方が気になりましたがw

そうですか、韓国起源の可能性もありますね。
だけど地図で見ると朝鮮半島と種子島の間には九州島があるから直接はどうなんでしょう。
昔の包丁は村の鍛冶屋さんごとにいろんな形があったんですけど、物流とか情報が発達するにつれて淘汰されてるから、今でもこんな形のが残ってるのが新鮮で。

鍛冶の産業自体は種子島だけじゃなく日本全国にありました。
流通が発達して優秀な刃物が各地に行き渡るようになって村の野鍛冶が衰退していきました。
堺とどちらの歴史が古いというのはあんまり意味が無いと思います。国産の鉄の歴史っていったら弥生時代の九州あたりまで遡るらしいですけど、産業として今に続いてるわけでもありません。堺も鉄砲鍛冶の時代以降に全国に売り込む産業として鉄産業が有名になりましたけど、当時の鍛冶屋の格は刀鍛冶のほうがずっと上で、織田・豊臣の時代に鉄砲造るように命令されたせいで堺の刀鍛冶は地方に逃げちゃったそうです。そのため、刀産業では実は堺は一流じゃないのだそうです。と、刀の研ぎ師をしてるお師匠から聞きました。
堺の包丁が全国的に売れたのは、分業制のおかげで品質が安定しつつ値段が相対的に安いからですね。

No title

これは、昔の中国や韓国の包丁の形です。種子島の包丁も堺や三木で修行する人もいて、段々と今風の形になっていますが、昔の形の包丁だと思います。出刃の元になったとも言われていますが、韓流ドラマの時代劇にも良く出てきます。主に魚や肉の調理で野菜用は菜切りの様な物で出てきます。ポルトガルから、鉄砲が伝来した時に種子島で作られたとされる以前に、大陸か半島から種子島には鍛冶の産業があったそうです。詳しい文献はどうかは知りませんが、堺より歴史は古いような事を聞きました。堺の鉄砲鍛冶のルーツとも言われているみたいです。
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