切れ味に関するちょっとした疑問

● 刃渡りを活かして引き切りすると切れ味が良いことの理由として、理論上の刃角度が浅くなるため、と説明されているのを、インターネットのみならず少し専門的な書物でもよく見かける。

切れ味については以前記事を書いたとおりだが、刃角度が浅いということは、切り進むときに面にかかる抵抗を低減することに役立つだけだ。最初に物の結合を分離するときには刃先Rの大きさが問題になる。


すると、カッターナイフのように薄い刃物なら引いても押し付けても切れ味はほとんど変わらないということになってしまうのではないだろうか。柔らかい食材を薄くスライスするときなどにも、面の抵抗は非常に小さいはずだ。
理論上の刃角度が25度か20度かという違いで、実際に食材を切ったときに体感するような切れ味の違いが生まれるとは到底考えられないのである。


● 刃をスライドさせず食材に対してまっすぐに下ろして、圧力だけで切る方法を「押し付け切り」という言葉で定義する。
包丁で押し付け切りするのは、鏡餅やカボチャやスイカだ。つまり硬い物である。刺身やトマトを押し付け切りすると潰れてしまう。

先の「刃物の切れ味」という記事で「接触面積と単位面積あたりに加わる力は反比例します。刃先が鋭いほど接触面積は狭くなります。」と書いたが、これが刃物で物を切ることができる本質的な理由だ。

仮に刃先の厚みが5ミクロンで切断対象に接する刃線の長さが5cmであるとき、この刃物を1キロの力で押すと、刃先にかかる力は1平方センチメートルあたり400キロになる。同じ条件で刃先の厚みが1ミクロンだとその5倍だから1平方センチメートルあたり2トンの力が加わる。
この力が物質の結合力を上回れば物質の結合が切れる。

刃物というのはつまり、テコの原理で力を大きくする倍力装置のようなものなのだ。

ところが、柔らかいフニャフニャした物は、刃先を押し付けて力を集中しても、変形することによってその集中させた力を分散してしまうのである。柳のようなのである。太極拳の達人のようなのである。

硬いものはしっかり踏ん張るからかけた力が分散しない。包丁の方が硬いか被切断物の方が硬いか、真っ向勝負だ。ボクシングでいうと足を止めて打ち合いするようなものだ。


● そこで頭記の疑問に立ち返ってみると、被切断物が何であるのかということを考慮せず、押し付け切りによる刃角度と引き切りないし押し切りによる理論上の刃角度の違いだけで、切れ味の違いを説明しようとすることが、間違いであろうことだけは確かだと思う。

では切れ味の差は一体何によってもたらされるのだろうか。

(つづく)
関連記事

テーマ : 刃物
ジャンル : 趣味・実用

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

BROさん

Author:BROさん
東京都練馬区の研ぎ師です。
営業案内
ご依頼はこちら
ご意見・ご質問はこちら
ご利用頂いたお客様からのご意見ご感想はこちら

カテゴリ
最新記事
最新コメント
検索フォーム
QRコード
QR
リンク