ためしてガッテン 包丁テクニック 【切ることの理屈】

研がなくても切れた!包丁テクニック感動編
http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20120711.html

番組ホームページでは切り方を次のように分類している。
  • 「垂直切り」 包丁を食材に対して垂直に下ろす切り方
  • 「斜め切り(突き)」 斜め下に下ろす切り方で、手前上から向こう下に突き下ろす場合
  • 「斜め切り(引き)」 同じく斜め下に下ろす切り方で、向こう上から手前下に引き下ろす場合
  • 「超スライド水平切り」斜め切りで下向きの力を弱くし、傾斜をより緩やかにして、ゆっくり前後に何度も動かす切り方
まな板に置いたトマトに対して垂直に包丁を下ろすと、汁がにじみ出る。
力をいれずに前にスライドさせると美しく切ることができる。
その理由は包丁の刃先が微細なギザギザになっているから。

といった内容だった。


物を切ることについてあらためて考えてみよう。

● 刃物で物が切れる理屈

刃物で物が切れる基本的な理屈は、薄い刃物の先端に力を集中させることによって、物質の結合力を上回る力を加えることができるからだ。

スノーボードの上なら新雪の上でも沈まないが、ボードから降りて二本足で立つと沈んでしまうというのと同じ理屈である。
仮に、ボードの底面積を320平方センチメートル、ブーツの底面積を両足で80平方センチメートルとすると、一定面積の雪面にかかる力は、ボードに乗っている場合とブーツだけの場合で約4倍の差になる。

良く研いだ刃物の先端は約1ミクロンになるという。
トマトを切るとき、刃線のうち5センチが当たってるとすると、接触している面積は0.0005(1/5万)平方センチメートルだ。
指先で押すときの接触面積が仮に1平方センチメートルだとすると、同じ力でトマトを押した場合、指先と刃物では一定の面積にかかる力は、なんと2000倍も違うことになるのである。

良く研いだ刃先が鋭い刃物が良く切れるのは、刃先が薄いほど接触面積が小さくなり、倍率が大きくなるためだ。


● 切れるという現象
トマトは分子の集まりであり原子の集まりであり素粒子の集まりである。トマトだけでなく全ての物は、そういった小さな粒粒が何らかの力で結合して全体を形作っている。この粒粒の結合力を上回る力を加えると、結合がほどける。つまり切れるのである。


● 「硬い」と「柔らかい」
硬いということは、粒粒同士の結合力が強いということだ。
粒自体は硬くて変形しないものと仮定してほしい。

柔らかいということには、ふたつの意味がある。
ひとつは、脆くて簡単に崩れる物。これは結合力が弱い。もうひとつは、簡単には切れないけれどぐにゃぐにゃ曲がる物。これは、結合している粒粒同士の距離が伸び縮みするのだ。

そこから硬いということの性質をあらためて考えてみると、結合力が強く、且つ、粒粒同士の距離が伸び縮みしない。位置関係が変わらない。そういう性質なのだ。



● 柔よく剛を制す
硬い物より柔らかい物の方が壊れにくいと言われる。それは何故か。
「壊れる」も「切れる」も、単純化して結合している粒粒が分離することだと考えることにする。
結合力が強ければもちろん分離しにくい。しかしそれだけではなく、柔らかくて結合部分が伸び縮みする物質は、たくさんの粒粒の結合部分に分散して外力を受け止めることができるのだ。伸び縮みできない物質は狭い範囲にある粒粒の結合力で外力を受け止める。
このため、或る硬い物質Aが、ひとつひとつ粒子の結合力が強くても、全体としての分離しにくさは、或る柔らかい物質Bに劣ることがあるのだ。


● トマト
まな板の上に置いたトマトに対して垂直方向に包丁を当てて力を加えると、トマト全体に力が分散されて切れにくいのだ。せっかく刃物で力を集中させたのに、その力が分散されてしまうわけである。
さらに、力が分散された結果として、全体の形が崩れたり内容物が飛び出したりしてしまう。

一方スライドさせると、力は下方向には分散されず、表面の一定範囲だけで受け止められる。「一定範囲」は力の掛け具合で変わる。

欠点はあまり大きな力を加えられないことだ。トマト表面と刃先の摩擦係数に依存する。摩擦係数が小さいと滑って切れない。
トマトの特徴は皮の摩擦係数が低いことだ。刃先の微細なギザギザは摩擦係数の増大に寄与する


● ニンジン
ニンジンやカボチャのように硬い物は、垂直方向に力を加えても力はほとんど内部に分散されず、力を加えた部分だけで受け止めてくれる。
包丁をスライドさせて切ることのメリットは力の分散を一定範囲に留めることだが、硬い物はそもそも力が分散されず汁が飛び出したり形が崩れたりしにくいので、垂直方向に力を加えても大きな問題無い。
垂直方向に力を加えると、大きな力を加えやすい、早く切ることができる、といったメリットがある。
餅やカボチャは垂直方向への加重で切ることが多いが、これは力を加えやすいためだ。
さらに硬い「木」は、鋭い刃物で大きな力を加えても垂直方向の加重だけで切断することが難しいので、小さい力で少しづつ切る目的でノコギリを使ってスライドさせて切る。斧で切る場合は垂直方向に力を加えるのと同じことになる。


● 番組の概要
要旨は「垂直切り」は誤りで、「斜め切り(突き/引き)」が正しい、というもの。
切りにくい物の事例を挙げ、そのうちいくつかについて具体的にきれいに切る方法を説明した。

斜め切りが優れていることの挙証は主にトマトで行われた。

ケーキの切り方については、2011年11月にやっていた教育テレビの「すいエンサー」の方がきれいだった。ただしこの番組で紹介されていた “ホールケーキを丸ごと冷凍庫に約1時間入れて半冷凍する” という方法は我が家では実現が難しい。またその方法では綺麗に切れてもすぐに食べることができない。
今回の番組で「超スライド水平切り」として紹介している方法は、下向きに加える力を極端に小さくする努力である。

カボチャは番外として上手な切り方を紹介。参考になった。
但し、包丁を前後にスライドさせる動きは無いので本編の趣旨とは関係ない。


● 番組の感想
結論に対して整合性のある検証を選択している嫌いがあると感じた。ただそれは情報番組の常で、今回極端な恣意性が感じられたというほどではない。
程度の問題ではあるが、ニンジンやキュウリは「垂直切り」により近しい動きで切っても問題は無い。
キュウリを輪切りにすると転がることも「垂直切り」のせいであると紹介していたが、因果関係は少ないと思う。包丁を少し右に傾けて(右利きの場合)切れば「垂直切り」に近しい動きでも転がりを減らすことができる。
「斜め切り(突き/引き)」が全てにおいて正義であるような印象を与えるが、あくまで柔らかい物を切る場合のことであることに留意したい。
“研がなくても切れる”のは程度の問題で、研げばより良く切れるし、「斜め切り」でもどうにもならない包丁もたくさんある。


なお、「切る」ことについてはマツジョンさんのブログが非常に参考になるので参照されたい。
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Re: 仕上砥石が必要な理由?

こんにちわー!

> のこ刃に寄る加圧破壊

これは、針みたいなギザギザの頂点で対象物を押して壊す、突き刺す、というイメージでしょうか?


> 接触ポイントが少なければ圧力は増し「表面破断力」は高いはず。

接触ポイントが少なければ「表面破断力」が高くなる理由はなんでしょうか?
逆に、接触ポイントが少なくても「表面破断力」が低くなるということはぜったいに無いでしょうか?

ちょっと考えてみてくださいw

仕上砥石が必要な理由?

こんちは、今日も暑いですねーっ
「試してガッテン」見損なってしまいましたが、切れるということをのこ刃に寄る加圧破壊とすると、仕上砥の意味が不明になる気がします。中砥のままの方が、肌理が粗い分、接触ポイントの数は少なくなります。接触ポイントが少なければ圧力は増し「表面破断力」は高いはず。
気になって、仕上砥が切れ味に有効な理論をググって見ましたが見付かりません。エッジベベルに仕上砥を掛ければ摩擦抵抗は減りますから「押し込み力」にはプラスでしょうが...?
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