骨髄バンク

骨髄バンクにドナー登録してきた。

友人の高校生の甥が白血病だという。親族の適合者から移植を受けたが、残念ながら再発してしまったそうだ。そのことをFBに淡々と綴る友人の文章が秀逸で、病に罹っている当人の勇気とご家族の悲嘆に心を揺すぶられた。しかしその友人を励ましても意味が無く、適当なコメントも手伝える事も何も思い浮かばない。そこで半ばマスターベーションに過ぎないけれど、気持ちが褪せてしまわないうちにドナー登録をしてみようと考えたのである。

調べてみると、骨髄ドナーは負担が非常に大きいことがわかった。
骨髄液には血液型のような型が数万通りもあって一致する可能性が低いのだが、一致する患者がいると連絡が来て、再検査や健康診断などで最終的な意思確認までに何度も病院へ行く必要があり、期間も1~3ヶ月かかる。さらに提供が決まると骨髄液か末梢血管細胞というものを採取するために4~7日ほどの入院が必要なのだ。これらに対して報酬も休業補償も無い。
このため、ドナー登録者は日本に30万人ほどいるそうだが、適合者が10人ぐらい見つからないと実際の提供には至らないのだそうだ。そもそも30万人というドナー登録者数自体も日本は先進国では最低レベルなのだそうである。

登録だけなら簡単だ。
電車で中野まで行く用事があり、ちょうど乗り換えの新宿にある献血センターで登録ができるという。

電車には久しぶりに乗った。
練馬から中野へは車でも自転車でも30分ほどで着くが、電車では池袋と新宿を経由しなければならず1時間ほどかかる。

あまり乗らないが電車は好きだ。
吊革や手すりを持たずに立って、足底で重心を感じながらバランスを取るのが楽しいのだ。
常に両足の土踏まずに均等に重心がかかるようにし、心持ち膝を曲げて電車の揺れにすかさず対応できるよう構えておく。
加速から定速走行に移行し、やがて減速して駅が近づく一連の電車の挙動を感じることができる。カーブやポイントの上を通過している状況もわかる。地図で路線の位置を確認しておけば、地下鉄でも『いま東池袋で曲がっているな』などと想像ができる。
先頭車両で進行方向を見ながらこれをやると、バランスを取るのは少し簡単になってしまうが、景色が楽しい。
運転手の腕もわかる。上手い運転手は加速や減速の速度調整がスムーズで、停止するときもほとんどショックを感じない。それでいて乗降位置にピタリと停める。おまけに時間も数秒単位で正確なのだ。
毎日同じ路線を走っているとしても天候や乗客の数によって加減は変わるだろうから、達人技なのである。

数年前に副都心線ができたおかげで中野までの乗り換えは1度でよくなった。
以前は自転車で30分の中野へ行くのに、電車代を払うのに2回も乗り換えして倍以上時間が掛かっていたのだ。

歩道にはまだ雪が残っていて歩きづらかったが、地下鉄の新宿三丁目駅からJR新宿駅までは、幸い地下街の通路でつながっていた。
献血センターはちょうどその地下通路の途中にあるビルの6階にあった。

献血は何度もしたことがあるが、献血センターに行ったのは初めてかもしれない。
病院のようなところを想像していたが、施設の中は健康的な空気感だった。明るく、清潔で、アルコール臭も無く、気忙しい地下街より少しゆっくりと時間が流れている。
仕切りの少ない開放的な空間で、働いている職員も献血に来ている人達も、表情や言葉や所作に健康さと精神の善良が滲み出しているようだった。
私の前では5~6人の制服の女子高生がわずかに上気した様子で会話していた。
派手なジャケットを着て革のブーツを履いた背の高い若者も穏やかな目で職員と会話していた。

受付に、予め記入して持って行った申込書を示すと、

「ドナー登録ですか、ありがとうございます。ではこちらをお持ちになって。」

と、他の来場者とは違うファイルを渡された。
多くの来場者は献血に来ているらしく、特別扱いされたようで、ちょっと偉くなった気になった。心なしか女の子達がチラチラ見ているような気もする。
血圧を測定して指示されたブースに入ると、壮年の医者がいて簡単な問診を受けた。
すぐに奥の広いスペースに移動して小さな注射器一本分の血液を抜いた。
担当した年配の女性看護士さんに聞いてみる。

「提供するときは全身麻酔だそうですけど、ふつう体調は何日ぐらいで戻るんですか?」

「人によるんですけどね、私の主人も適合する方がいて提供できたんですけど、すぐに良くなったみたい。体力なんかにもよるから、、」

「入院て何日ぐらいですか?」

「病院にもよるみたいですよ。早く出したいとこだとすぐ出されたり(笑)」

「登録するとすぐに連絡が来たりするものですか?」

「そうでも無いですよ。提供しないで終わる人もいるみたいです。」そして、「適合する人がいるといいですね。」

と言った。

「ああ、ぼくはどっちでもいいんですけどね、患者さんは適合するといいですね。」

私はそう言ったものの、なるほどドナー登録や献血をする人は誰しも、その人自身の中に誰かの役に立ちたいという欲望があるのだということに気付かされ、素直に返事ができなかったことに何か恥ずかしさを感じた。

採血が終わると注射痕をガーゼで圧迫しておしまい。
20分もかからない。
自動販売機のフリードリンクを飲みながら暫く休憩して、建物を出た。


新宿駅の12番線にはちょうど快速が到着したところだった。
中野駅までは一駅である。

家を出てからここまで、電車を待つことも無く血液センターにも迷わず行けて、何もかもスムーズに運んだことに気を良くしていたが、電車から降りたときふと視線を下に落として愕然としたのは、ズボンのチャックが全開していたからだ。前を閉じれば隠れる長さのジャケットだったが、献血センターで視線を感じたのはこのせいだったか。
残念なことに派手なオレンジのパンツだった。黒いズボンの隙間から目立ったんじゃないだろうか。
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