日本の刃物の特異性

● 諸外国の刃物と比較して、日本の刃物に見られる最大の特徴は、刃物の複合構造にあると思う。
「合わせ」や「割り込み」といった、柔らかい地金と硬い刃金を接合する技術だ。

それらは刃物にとって何の役に立つのか。


● その説明の前に、刃物の基本を踏まえておく。

刃物で物が切れる理由は、鋭い刃先に力を集中することができるからだ。

スノボを履いて新雪の上に乗っても埋まらないが、ブーツだけで立つと埋まってしまう。それは単位面積あたりにかかる力が違うからだ。スノボとブーツの底では接地面積の広さが10倍ぐらい違う。同じ体重でもブーツで雪の上に立つとスノボを履いたときの10倍の力で雪を押しているのだ。
同じように、刃物も刃先を薄く鋭く研ぐと切る対象物に接する面積が小さくなるので、同じ力を加えても単位面積あたりにかかる力は大きくなる。良く研いだ刃物の刃先は1/1000mm以下の薄さになり、物を指先で押すのと比べて何百倍もの力を加えることができるのだ。

刃先をどれだけ薄くできるのかは刃物の硬さによる。
たとえば柔らかいアルミ缶は、薄いとぐにゃぐにゃ曲がるので、1回や2回なら物を切れるかもしれないが、切るための道具としてはすぐに使い物にならなくなるだろう。1/1000ミリといった薄さになると布のようにペラペラ曲がって物を押すことができないと思う。
柔らかい物はこのように、力が加わるとぐにゃぐにゃ曲がったりちぎれてしまう。
「硬い」ということはつまり、すごく薄くなっても曲がったりちぎれたりしにくいという性質のことなのだ。

だから、硬い材料でできた刃物ほど、刃先を鋭くすることができて、切れ味が良くなるのである。

ところが硬いという性質は、同時に、脆い、つまり壊れやすいという性質も併せ持つのである。

あらゆる物質は小さな粒子の集合体である。硬いということは粒子同士の結合力が強いという性質と、粒子間の距離が伸び縮みしないという性質を併せ持つ、ということだ。
粒子同士の結合力が弱い物は割れたりちぎれたりしやすい性質を持つ。
粒子同士の距離が伸び縮みする物はぐにゃぐにゃ曲がるのである。
柔善く剛を制すというが、ぐにゃぐにゃ曲がる物が硬いだけの物より得てして強いのは、外から加えられた力を周りの組織に分散して広い範囲で吸収することができるからなのである。硬い物質は力が加えられた狭い範囲だけで頑張るから、限界を超えると割れたりちぎれたりしてしまうのである。

硬いだけの刃物を作ることはできるが、それはガラスで作った包丁のようになってしまい、落としたり少し乱暴に扱うとすぐに割れてしまい、実用的では無いのである。


● 以上を踏まえて、初めに戻って複合構造になっている刃物の利点を説明する。

日本の刃物が柔らかい地金と硬い刃金を接合した構造になっている理由は、刃先を鋭くしながら、同時に折れたり割れたりしにくいという性質を持たせるためなのである。

片刃の和包丁であれば、表が柔らかい地金で裏が硬い刃金になっている。「合わせ」とか「霞」とか呼ばれる包丁だ。両刃の包丁は中心が硬い刃金で、その両側を柔らかい地金が包み込んでいる。「割り込み」と呼ばれる包丁だ。
このほかに、地金と刃金の区別はないが、刃物を硬化させる焼入処理のとき背側だけに土を盛って硬化しないように工夫して硬軟の差をつけた「本焼き」という包丁もある。

これらの技術は日本刀の造り方に由来すると考えられるが、日本刀にはもっと多くのバリエーションがある。
たとえば割り込み包丁の逆で外側全体が硬い刃金で中心に柔らかい地金(芯金)が入った「甲伏せ」や「四方詰め」、割り込み包丁のような構造の板を折り畳んだ「マクリ」など、流派によって20種類以上の構造が知られている。


● このような複合構造は、日本では明治時代の野鍛冶が作ったクワやスキにも当たり前に見られるのであるが、何故か外国の刃物にはアジアにもヨーロッパにも見られない。
日本ではいつ頃からそのような構造の刃物が作られ始めたのだろうか。
「古代刀と鉄の科学(石井昌國・佐々木稔/雄山閣)」によると、なんと弥生時代の刃物には既に合わせ鍛えが見られるというのである。
日本に鉄が伝わったのと同時期には合わせ鍛えが行われていたとすれば、その技術も大陸伝来の可能性がある。しかし現代の中国でも朝鮮でも、実用刃物にも刀剣などの武器にも合わせ鍛えの構造を持つ刃物は見当たらない。だから、もし仮に古代にそのような技術があったとしても、発達せず途絶えているのだ。

切れ味が鋭く折れにくいという性質は、刃物を乱暴に打ち付けて使用する刀剣にとって非常に有益な性能だ。相対的に軽くて丈夫で切れ味の鋭い刃物を作ることができるからである。諸外国に合わせ鍛えされた刃物が存在したにもかかわらず、必要性が無くなって伝承されなくなったとは考えにくいのである。


● では、諸外国の刃物にこういった構造が見られないのは何故だろうか。

日本で独自に開発された技術であって、日本から諸外国へ伝わることが無かったという可能性もある。
しかし遅くとも室町時代に行われていた明との勘合貿易で日本からの輸出品に刀剣が含まれている。日本刀は現代でも鎌倉時代の古刀の評価が最も高いので、その後の室町時代の刀は既に完成された形である。
但し戦争における武器としての刀剣は、この時代には既に日本でも中国や欧米でも主武器ではなく、大陸では爆薬が使われていたし日本でも弓や槍の方が有効だった。実用道具では無く装飾品の一種に過ぎなかったために流行らなかったのかもしれない。


● もうひとつ考えられるのは砥石の問題だ。
日本の丹波地方で産出する仕上砥石のような繊細な刃付けができる砥石は世界中でほとんど見られない。アメリカのアーカンサスストーンの良質なものはかなり粒度が細かいらしいが、それぐらいだろう。
砥石自体はアジアでもアフリカでも使われているところをテレビなどで見たことがあるが、日本だと金剛砥と言われる荒砥石に分類されそうなものばかりだった。
あれでは1ミクロンというようは刃先に研ぐことはできない。

日本は仕上砥石にあたる京都産の合砥だけではなく、いろんな硬さや粒度の砥石が各地で多数産出している。九州の天草砥、対馬砥、四国の伊予砥、和歌山の大村砥、丹波の青砥、愛知の名倉砥などである。
これらが無ければ、日本の刀剣に武器として鋭い切れ味を持たせることができないだけでなく、磨き上げて美術品の域まで高めることはできなかっただろう。
刀そのものも作刀技術も中国や朝鮮にに輸出できたかもしれないが、それを維持管理する道具が彼の地には無かったと考えられる。
日本刀は明治から戦後にかけて多くが海外に土産物として輸出されているが、ろくに管理されることなく錆び身になってしまっている物が多いそうだ。海外で仕事をする日本刀の研ぎ師もいるが、砥石は日本から入手するしかない。人造砥石も海外では日本のような四角い物は作られていないようだ。電動研磨機用の物ならあるが。

複合構造で研げば鋭い刃をつけることができる刃物を造っても、海外にはそれを1ミクロン以下の鋭さに研ぎあげるための砥石が無い。それが、海外には日本のような複合構造の良く切れる刃物が見当たらない理由かもしれない。


研究者ではないので想像するだけだが、良く切れる刃物が食文化だけに限らず日本の文化全体に大きな影響を与えて来たとのではないかという想像は強ち誇大妄想では無いように思える。
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