頭落とし(解体用包丁)の謎

「頭落とし」という包丁は独特な形状である。

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牛や豚などを解体するときに使う包丁で、職人の道具なのでこのような形には相応の理由があるに違いないが、その理由がわからない。

調べていると正親製作所というメーカーがこの種の包丁を専門に造っていることがわかった。品川駅の南口の食肉中央卸売市場の中に店舗がある、職人用の質実剛健な刃物を作っている由緒正しいメーカーだ。

「頭落とし」と書いたが、この会社のホームページによると同様の包丁が「肩切りナイフ」「腸割きナイフ」「頭落としナイフ」「内臓処理ナイフ」「皮剥きナイフ」と分かれていた。写真が掲載されていないものに「筋スキ」「骨スキ」「細切り」といった物もあるようだ。骨スキとガラスキは他のメーカーにもあるが、筋スキや細切りという名前は聞いたことが無いので見てみたい。

共通の特徴は、

1.柄とブレードの幅が同じでアゴが出ていない。
2.柄が比較的太くてしっかりしている。
3.切っ先が峰側に向かって反っている。

といったこと。

家畜を解体する包丁なのに、魚を解体する包丁である出刃包丁より小さいのである。
マグロは家畜並みの大きさだがマグロ包丁は日本刀のように巨大である。
なぜ四足動物を解体する包丁がこのようなユニークな形になってしまったのだろうか。

使っているところを見ればわかりそうだ。

中央卸売市場に見学させてもらえるか問い合わせてみた。しかし残念ながら築地市場のようには解体現場を見せてもらえないとのことだった。屠殺や解体シーンを見せるとシーシェパードみたいにインネンをつける団体や個人がいるのだろうか。

YouTubeでこの種の包丁を使って食肉を解体している動画が無いか調べてみた。
しかし同じく、残念ながら見つけることはできなかった。


ただ、この包丁自体を使っている動画は見付けられなかったのだが、北海道で鹿のハンティングをしているJPSikahunterさんの動画がとても役に立った。射撃や解体シーンがあるのでリンクは控えるが関心のある人は検索してみてほしい。


その動画では欧米メーカーのハンティングナイフが使われていた。
西洋のナイフはもともと解体用包丁と似た形をしている。すなわち、柄とブレードの幅が同じでアゴが出ていない物が多い。また切っ先も峰側に向かって反っている物が多い。
しかし動画で解体に使われていた物には普通の西洋ナイフに無い共通の特徴があった。
それは手をガードするヒルトとかフィンガーガードといわれる出っ張り部分が、無いかあまり突き出ていない物ばかりだったことだ。解体用包丁に似たフォルムなのだ。

ではなぜ突起物が無いのか。
それは、動物の解体では狭いところに腕を突っ込むからである。
骨と骨の間の狭い空間の奥にある関節や筋を切り離すので、出っ張りがあると引っ掛かって邪魔なのだ。

先に挙げた解体包丁の三つの特徴に照らして考えてみると、

1.柄とブレードの幅が同じでアゴが出ていない。
これがまさに邪魔な突起が無いという特徴そのものである。出刃包丁ではいかにも大きすぎて邪魔になりそうだ。

2.柄が比較的太くてしっかりしている。
リンゴの皮を剥くのとはわけが違うので確りホールドするために柄も太いのだろう。

3.切っ先が峰側に向かって反っている。
切っ先や反りの部分を押し付けて切る動作が主になるからだと想像できる。
魚用でもカツオ包丁やナギナタ包丁は切っ先が峰側に向けて反っているが、押して切る使い方をする。

こういうことだろう。なるほど。ようやくすっきりした。


しかしもう一点だけ疑問が残った。
なぜ魚用の包丁とは違うのか。マグロは豚と同じような大きさだ。

そこであらためてマグロやクジラの解体動画を見てみた。
すると、海の生き物の解体では骨の間に手を突っ込むような作業をしていなかった。

なぜだろう?

わかった。
海の生き物は構造が単純なのだ。
頭から尻尾まで一本の背骨が通っていて、その周囲にたっぷり肉がついているという単純な構造なのである。
だから外側から大きな包丁を入れてほとんどの解体作業を済ませられる。

四足動物は腕や足の筋肉、背中や胸や腹の筋肉、お尻の筋肉など、小さな筋肉があちこちにたくさんついている。骨格も筋肉も海の生き物と比べてずっと複雑なのだ。だから肩回りや骨盤回りの関節を切り離すのに小ぶりな包丁を突っ込んで作業をしなければならない。

これまでアゴの出ていない西洋のナイフは研ぐことに対してあまり頓着しない民族が作った、ともすれば大雑把な作りの刃物だとおろそかに考えていたが、用途に適した形になっているのだと考えを改めさせられた。
己が不見識を恥じなければいけない。
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