ねこや商店 門川安秀さん

NHKのプロフェッショナル仕事の流儀で、宮崎県日南市にある鮮魚卸店ねこや商店の門川安秀さんというひとが紹介されていた。

日南市は宮崎の中でも鹿児島県に近い、九州のかなり南の端の街である。
学生のころ、オートバイで旅行で、このあたりの山道に迷い込んだことがある。道路の真ん中にとつぜんキジがあらわれたことを思い出した。キジは、なぜか、走って逃げる。しかも、藪に飛び込むのではなく、道路を走って逃げる。自転車で、荒川の自転車道路走っていたときに現れたキジも、そうだった。

話をもどすが、日南市には、ほかではありえないほど多くの種類の魚が水揚げされる、目井津漁港という場所がある。
門川さんは、その漁港に併設されている市場で仕入れた魚を中心に、南九州の魚を、地元のホテルや居酒屋だけではなく、全国に発送している。フランスにも送っているそうだ。その中には、東京や京都でミシュランガイドに掲載されている料理店も多く、得意先のミシュランの星をあわせると九つもある。

東京や京都の料理店がわざわざ南九州の店から魚を仕入れるのは、そこでしか獲れない貴重で美味しい魚があるからではない。門川さんの仕事が、仕入れの目利きから下処理まで完璧である、という信頼による。
新鮮で脂がのって美味しい有名な一流の魚は、誰が見てもわかる。
二流の魚の中から、下処理によって一流になる魚を見極め、完璧な下処理をほどこして一流の魚とそん色ない状態にもってゆくのが、門川さんの真骨頂だ。
魚に関する知識もプロの中でも突出している。ちょっと変わった魚を見つけたらすぐに図鑑で調べ、それでも疑問のある魚は知り合いの学者のところに持って行って見てもらう。おかげで新種の魚を発見したことがあり、その学名にはKADOKAWAという名前が入っているそうだ。

さて、私は仕事がら、こういう番組を見るとどんな包丁を使っているか凝視する。
しかし、門川さんの使っている包丁が何なのか、詳しいことはついにわからなかった。

魚をさばくといえば出刃包丁だ。
しかし、ひとくちに魚をさばくといっても、種類によって大きさや身質はさまざまで、どんな形の包丁が適しているかも違ってくる。
だから、出刃包丁にも30センチを超える刃渡り大出刃、9センチぐらいしかないアジ切り、すこし薄い相出刃、出刃包丁の仲間としては薄くて細長い舟行き、身卸し出刃などいろいろなものがある。出刃包丁以外にも、魚の解体のためにつくられた包丁には、マグロ包丁、鯨包丁、カツオ包丁、ナギナタ包丁、アラ包丁など多彩で、見たことが無く名前もわからない妙な形の包丁を使っている地方もある。

だが、門川さんの包丁がわからないのは、見たことが無く名前もわからない妙な形の包丁だからではない。
テレビでは数種類の包丁を使い分けているのが確認できたが、主に使っていたのは、18センチぐらいのものと、もう少し長い21センチぐらいの、牛刀か三徳包丁だった。
そのていどのおおまかなことはわかるのだが、どこのメーカーのなんという種類のものかは、一本もわからなかった。
ふつう、テレビ番組で放映される、食材を扱うプロが使っている包丁の7~8割ぐらいは、どこのメーカーの何という包丁なのか、わかる。スタジオ撮影のお料理番組なんかだと、毎回、ほとんど新品に近い包丁が使われる。スポンサーの関係で統一されている場合も多い。料理店で撮影された番組では、ふだん使っているであろう包丁が映るが、それでも画面映えするちょっと上等な包丁が多い。

門川さんの包丁が何なのかわからなかったのは、ふたつの理由がある。
ひとつは、あまり高価な包丁ではなさそうだからだ。
小さいものは、5000円以内ぐらいで売られているごく普通の家庭向けの包丁に見えるのだが、そういう普及価格帯の包丁は、種類が非常に多く、特定が難しいのである。
もうひとつは、ゴリゴリに研ぎ倒されているためだ。
刃先だけではなく、側面も、峰に近いあたりまでガッツリ砥石に当てて研磨している痕跡が、見て取れる。メーカー名などのプリントは削り落とされていてほぼ消滅している。新品の包丁よりかなり薄くなっているかもしれない。
さらに、「牛刀か三徳包丁だった」と書いたのは、研ぎ減って刃道の形状がかなり変わっていたためだ。
出刃包丁などの片刃の包丁はまったく映っていなかった。和包丁自体が無く、すべて洋包丁型の柄の包丁だった。

門川さんが買い付けた魚は、ウロコ落としと内臓処理はほかの店員さんが行うが、あとのさばきは一人でやるそうだ。
数十キロはあるキハダマグロから、30センチぐらいのアカハタまで、1日平均200匹を買い付ける。それを、10時間かけて、ぜんぶ一人で、上述の包丁を使ってさばく。魚を扱う職人の中でも、これほど魚を捌く人は少ないんじゃないだろうか。
門川さんにとって、ああいう包丁が使いやすいのだろう。

よくいろんなところで、どんな包丁が良いんですかと聞かれる。
私が良い包丁だなあと思うのは、門川さんが使っているような包丁だ。
新品の包丁はみんな未完成。
良い包丁は、そこから持ち主が育てて行くものだと思う。

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Re: 野鍛冶

流通がしっかりしている現代のひとだから、野鍛冶から買う云々の問題では無いでしょう。
使ってたのは、野鍛冶の手打ち包丁じゃなくて、ホームセンターでも売ってそうなステンレス包丁です。

カツオ捌き専用のカツオ包丁とかナギナタ包丁って、両刃で薄いんですよ。
厚みのある魚は、薄い包丁の方が捌きやすいかもしれません。
クエの中骨でも、丁寧に関節に包丁を入れれば、家庭用包丁で切れますし。

ぜひ包丁見せてもらいたいです。

野鍛冶

いろいろ理由はあるかと思いますが・・・。

1:そもそも包丁は居住区内にいる野鍛冶から購入するものだった。

2:異常な数を捌く魚屋にとっては値段が高い包丁は手を出しづらい。

3:魚を捌く(おもに出刃)用途の包丁は少しでもいい切れ味とか、永切れとかはそこまで重要ではない。

あたりでしょうか。

ふるさと納税で地方の野鍛冶の包丁を何本かゲットしましたが、作りは粗々です。とはいえ、魚を捌くくらいなら問題ないのでそういうものなのでしょう。

※堺の有名どころの包丁でもエクボだらけとか曲がっているものも結構ありますしね。
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