中華包丁

「中華包丁はいくら(研ぎ代)ですか?」

通りかかったのカップルの男性が、看板をしばらく眺めたあと尋ねてきた。
そういえば看板に中華包丁の値段は書いていない。

「大きさによるんで、、どれぐらいのサイズですか?」

「これぐらい。」

男性が手を広げてみせた。思ったより小さいようだった。

「それぐらいのサイズで、欠けてたりサビサビとかじゃないんだったら、まあ、普通の包丁と同じ値段でいいですよ。」

じゃあこんど持ってきます、ニコっと笑ってそう言った。

それから一週間ほどして、持ってきていただいた。

004_2017032407125302a.jpg

中華包丁はごくたまに研ぐぐらいで、使ったことは無く、実はどんなふうに研ぐのがいいのかよくわからない。
包丁なので研いで刃付けすればいいのだが、中華包丁にも厚口と薄口があるということを仄聞している。刃物の自重が重いため強めにまな板に打ち付けることが多いと思われるので、少なくとも普段研いでいる包丁のように刃肉を抜いて浅い刃角度にすると欠けやすいだろう。
どれぐらいが適当なのか加減がわからないのだ。
お客さんに尋ねてみると、料理人さんだと思っていたのだが、そうではなく、普通に家庭で使うのだという。
しかも、これまでずっと使っていたわけではなく長い間使わずにしまわれていたものをさいきん使い始めたところのようだった。
つまり持ち主もどれぐらいが適当なのかわからないのだ。

「そこらへんは適当に、プロなんでおまかせします。」

きたな。ナイフでよくあるやつ。
ピカピカであまり使われた形跡がないけれど、新品のときから刃付けがものすごく甘いナイフを持ってきて、研いでほしいという、よくある依頼。
何に使いますか?と聞くと、魚とか捌きたいし、藪漕ぎをしたり木の枝を薪にするのにも使いたい。という。使いたい、であって、使っている、ではない。
それは、魚を捌くにはイマイチ使いにくく、藪漕ぎや木の枝を切るときはけっこう慎重に扱わなければいけない、中途半端な刃付けにしてほしいという意味であることを、わかって言ってるのだろうか。そうであればいいのだが。と、思いつつ、プロの感覚ってやつで適当に研いでお返しするのだが、イマイチ達成感が無い。

しかし、ナイフと違って実際に使う刃物なので、あとからいろいろ言ってもらえる可能性はある。
元の状態はかなりだるだるだったので、「適当」に刃縁の肉を抜いて(しかしふつうの包丁よりはかなりモッコリした状態で)「適当」な刃角度に研いでみた。
ちなみに元の写真は撮るひまがなかったので上の写真も研いだあとの状態だ。



で、研いでいて気付いたのだが、

005_20170324071255258.jpg

中国製の包丁だった。

006_20170324071254ad0.jpg

カネ編にカラスってなんだ??(^^;

外国の包丁には良いイメージが無い。
全鋼丸焼き非鍛造で、鋼材が柔らかくねばりが無いので、刃を薄く鋭くすると簡単に曲がったり欠けたりしてしまうもんだから、現地では高価で販売されているであろうお品物でも、分厚くて重くて刃角度が鈍角で斧か鉈みたいなものが多いのだ。刃物産業で有名なドイツ・ゾーリンゲンのウストフとかドイツ製ヘンケルスでさえ私にとってはそんな印象なのである(日本製ヘンケルスは普通)。パンやチーズやハムなどのスライス包丁をはじめ、薄い包丁もあるが、ぐにゃんぐにゃんで、デキの良い日本の包丁のように、薄いけれどもシャンとしていて、かといって硬く割れやすいのではなくバネのようなしなりがある、といったものは、見たことがない。鍛造という製法や複合鋼の技術が無いとそういう刃物にはならないようだ。

ただ、中華包丁は重さがあってその重さが切りやすさに貢献してくれるので、多少分厚くて刃角度が大きくても、手に伝わる感触であるところの切れ味はけっこういいのだろう。

で、この包丁なのだが、なんと割り込み包丁だった。

007_20170324071253ab5.jpg

たしか、俵国一さんという明治から昭和初期にかけて活躍された冶金学の学者さんの著書に、どこだったか南の島国に割り込みタイプの刃物が見られるという記述があったと思う。それ以外で、硬さの違う金属を接合した古い外国製の刃物に関する情報は見たことがない。
現在は欧米の刃物メーカーも日本の刃物に倣って複合鋼の包丁やナイフを作って販売しているが、私の知る限り、日本の鋼材メーカーから複合鋼の材料を輸入して製造しているか、外国メーカーの日本工場で製造しているか、日本の刃物メーカーが日本で下請け製造しているものばかりである。

しかしこの包丁は日本で割り込み加工された鋼材のような印象を受けない。
65年2月というのは、1965年だろうか?あちらの元号のようなものなのだろうか。

引き取りにきたお客さんに確認してみたところ、台湾の製品ということだった。
30~40年ぐらい昔のものと思う。日本にきたときおばあちゃんが持ってきた。65年は西暦ではなく台湾の年号と思われる。中華人民共和国ではなく中華民国建国からの年号。「士林」はお客さんが子供のころに住んでいた地域の名前。「カネ偏にカラス」の漢字は、お客さんは6歳のときから日本にいるので中国の漢字はまったくわからない、ということだった。
ちなみにお客さんの会話は日本語ネイティブのものなので、このお話を伺うまで台湾のご出身とは気づかなかった。

日本にきてからおばあちゃんが使わずにずっとしまっていたものを、最近自分が使うようになって、研ぎに出してみた、ということであった。
してみると、持って来られた状態から推察するに、錆はなかったのでステンレス系なのだろう。それほど古いものではなさそうだ。
台湾は日本に占領されていた時代が長かったので、いまでも80歳ぐらいのお年寄りは日本語が話せるそうだ。その時代に日本から割り込み刃物の製造の技術が伝わって、現地でも作られているということなのだろうか。しかし朝鮮半島や満州も占領していたし、東南アジアやミクロネシアやポリネシアも占領していたわけだが、そういった地域で割り込み包丁の話は聞いたことがない。まあ台湾の割り込み包丁も初めて見たのだから私が知らないだけという可能性も高そうであるのだが。
台湾の包丁というと中国が金門島に撃ち込んだ大量の砲弾で作った金門包丁というものを思い出す。しかし、うちの庭にもなぜか砲弾が転がっているのだが(笑)、おそらく鋳鉄なのでこのまま整形してもロクな刃物はできないと思う。たぶん溶解して脱炭とかしないとダメじゃないのかな。なので、金門包丁もたいした包丁ではないだろうと高を括っているのだが。


さて、この記事を書きながら調べたところ、
「カネ偏にカラス」の文字は、ウーという発音で、タングステンという意味だった。タングステンが配合されたステンレス系の合金鋼なのだろう。
65年は、中華民国の民国紀元というものの65年のようだ。西暦1912年が元年ということなので、1976年製ということか。41年前だから、お客さんの話とも符合する。その時代であればステンレスの鋼材はまともなものが開発されていただろう。
ただ中国本土は人民服に人民帽で自転車に乗った人民が大量に町にあふれていたころ。数百万人が殺戮されたともいわれる悪名高き文化大革命の真っただ中。韓国は漢江の奇跡で道路や鉄道などのインフラ整備が進められて最貧国から抜け出しつつある途上の時代だ。
台湾はよくわからないが、やはりそんなに発展していなかったのではないかと思う。いやしかし、朝鮮半島のように戦禍に見舞われなかったし中国のように共産党の失政で荒廃してもいなかったから、案外、平和裏に順調に発展しつつあったのかもしれない。
シャープを買収したホンハイグループの創設も1974年ということなのでこの時期のようだ。台湾企業といえば私は電子機器より自転車製造で世界一のジャイアントというメーカーの印象の方が強いのだが、そのジャイアントも1972年創設ということである。自転車産業はもともと金属パイプをつなげて作る金属加工業だから、金属加工産業の素地はその当時からあったのだろう。

ともあれ、台湾の割り込み包丁の歴史についてはまったく分からないままである。

なにかご存知の方や、金門包丁を持ってるよという方がいらっしゃったら、情報ください。
関連記事

テーマ : 包丁研ぎ
ジャンル : 趣味・実用

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

BROさん

Author:BROさん
東京都練馬区の研ぎ師です。
営業案内
ご依頼はこちら
ご意見・ご質問はこちら
ご利用頂いたお客様からのご意見ご感想はこちら

カテゴリ
最新記事
最新コメント
検索フォーム
QRコード
QR
リンク