和包丁は裏が命
私たち研ぎ屋が片刃の和包丁を研ぐ場合、まずはじめに、裏押しが平らかどうかを確認する。
裏が正確であれば表を研ぐのは比較的簡単だ。しかし裏が曲がっていると、いくら表をきれいに研いでも刃がまっすぐにならない。
「裏押し」の説明をしておく。
平らな面と平らな面の接線は、直線になる。

片刃の和包丁のほとんどのものには、まっすぐな部分がある。
この直線部分は、平らな面と平らな面の接線によって形作られている。
表の平面は「切刃」だ。

裏の平面が「裏押し」である。

裏押しはしかし、「平らな面」という感じではない。
窪んだ曲面の縁の部分である。
まっ平らだと研ぐのが大変なのだ。
そこで、平らな面の真ん中部分をえぐってしまって縁だけ残した、その縁の部分が、裏押しなのである。
裏押しが凹んでいて、平面上にないと、どうなるのか?
こういう三角柱で、

表の切刃の部分が凹んでいると、とうぜん、直線部分はまっすぐにならない。

裏押しが凹んでいても、おなじことだ。
これをひっくり返してみれば良い。

表を研いで平らにしても、裏押しが凹んでいると、刃線はまっすぐにならないのである。
裏押しが凹んでいる部分は、砥石に当たらないので、表を研いで出たカエリも取れない。
だから、裏押しが平面上にきっちり出ているということは、片刃の刃物にとってとても大事なことなのである。
しかし、店に並べられている片刃包丁を手に取ってよーく観察してみても、裏押しがきれいに出ているかどうか目視で確認することはほぼ不可能だ。目視で曲がっていることがわかるような包丁は、ふつう店頭に並ばない。そんなのを平気で並べてるような店では、片刃の和包丁は買うべきじゃない。
平面精度の高い金盤の上に置いて強い光を透かしてみればある程度わかるかもしれない。大事な買い物なのでガッツのある人はお店に金盤とカンテラを持参して確認してみてほしい。
しかしそもそも、店に並べられている状態の包丁は、まだ裏押しされていないのだ。裏をすいただけの状態なので、金盤の上に置いてカンテラで照らして見ても、わからないかもしれない。
けっきょく、仕入れの時点でちゃんと検品しておかしなものはハネてくれて、そもそもヘタな製造業者は使わない、と、信頼ができる包丁屋で買うべきなのだ。
包丁屋が神経質でうるさければ鍛冶屋も刃付け屋も雑な仕上げのものは卸さなくなるだろう。雑なものは、見立てが甘かったり安く仕入れさせろと言ってくるような包丁屋に流れるのである。
もちろん、エンドユーザーである客も、目が肥えていてうるさくなくてはいけない。
新米の料理人は良し悪しなんか見分けられないから、できるだけ仕事にうるさい親方や先輩に紹介してもらった店で買うといいと思う。
一般の人はどうすればいいのだろう。
これはもう、信用のありそうな、歴史のある刃物店で、予算をケチらずに買うしかないと思う。
誰が売ってるのかわからないネット通販で、理由がわからないけど相場より安い片刃の和包丁を買う、というのが、いちばん危険である。有名メーカーの量産品の両刃の洋包丁なら、品質の差はほとんど無いから、通販で安いものを選べばいいと思う。しかし手造りの片刃の和包丁は安かろう悪かろうの危険が大いにあるのだ。
一見するときれいな形に見える包丁でも、研いでみると切刃も裏もぐにゃぐにゃだったりする場合は少なくない。
さて、今回は新品に近い和包丁を6本ぐらいまとめて研ぐお仕事。

これは薄刃包丁の裏。
部分拡大すると、

こんな感じで、裏押しが切れている。
これを裏押しが出るまで、この部分だけを研ぐのではなく、裏全体を研いでいく。
けっこう大変な作業。
新品の包丁や、表を研いで行って刃が減って裏押しが切れた包丁は、刃線全体に裏押しが出るまで研いでいくんだけど、中砥石で研ぐと書いてある本が多い。だけど私たちの仕事をしているとそんなんではぜんぜん追いつかないものが多い。
硬口1000番で間に合わないものはアトマエコノミー(電着ダイヤモンド砥石)の中目400番も使って作業した。

この包丁、表もタチが悪い。

切刃のデコボコがキツい。
私は切刃が凹んでいること自体はべつにかまわないと思う。使い込んでいけばそのうち平らになるし、裏スキと同じ理屈で凹んでいる方が研ぎやすくもあるからだ。
しかし程度の問題というのもある。
この包丁の場合は上のほうが軟鉄だけじゃなく切刃の刃線に近いところまで削ってしまっている。
これで絶対に将来何か問題が出るというわけではないのだが、これからどんどん使い込んでいって、裏押しが切れたらまた研ぎ込んで裏押しを作るという作業をするわけで、その際には裏のハガネが減って上に上がってくるわけだから、表側からハガネにかかるほど円砥で削ってしまうのはなるべく避けた方がいいと思う。ちょっとハガネに触るぐらいまでならまあいいかなと思うけど、削りすぎだと思う。
これは刃付けをする研ぎ屋の問題。鍛冶屋の問題ではない。
柳刃。

これも裏押しがしっかり当たっていない部分がチョコチョコある。

表は大きな問題はない。
薄刃ほど切刃が広くないから円砥を当てても大きく凹みにくいんだろうとも思うが。

もう一本の薄刃包丁。

新しいのにこういう裏の切れかたしてるのは、ホントにイヤ。

平らな砥石に当ててみて、当たっていなかった部分が当たるまで研ぎ込む。
もともと当たっていた裏押しがかなり広くなってしまっているのがわかるだろう。
裏は全面硬いハガネなので、ほんと、時間かかるのである。
これ以上荒い砥石を使うと刃がかけてしまう危険があるし。

表も、先の薄刃と同じようにハガネまでかなり削ってしまっている。


柳刃、もう一本。
これは、少し研いだけど「裏押しを作り直す」ということを知らないで、表だけ研いでいったものだと推定。



ギリギリ裏が出るところまで研いだ。
少し表を研いだらまた裏が切れるから、中砥石の平らな裏面とか使って、裏押し作ってください→お客さん


これも、表は凹んでるところあるけど大きな問題無いと思う。
前のもこれも刃元あたりが落ちてるんだけど、柳刃包丁は刃元使わないからそのままにしてある。

小出刃包丁。
裏押しした形跡無し。

簡単に裏押しできた。
優秀。
細くて均一な幅の裏押し。
こういうのを「良い包丁」という。
鋼材が青紙一号とか本焼きとか黒檀銀巻き柄とか、あんまり関係ないと思う。
形がキレイな包丁が「良い包丁」。

表も素直。

次は本出刃。五寸五分か六寸ぐらい。
これもちょっと裏押しが切れてる部分があったが、比較的簡単に出せた。
出刃は、厚みがあるから裏スキを深めに作ることができて、きれいに作りやすいのではないだろうか。


表。
刃線全体に亘って二段刃に研いであった。
三枚に卸すとき骨を切らないよう、あえてそういうふうに研ぐ場合もあるが。

とりあえず段刃は研ぎ抜いてしまった。
もしわざと二段刃にしていたのであれば、お手数ですが小刃付けだけ自分でしてください→お客さん
刃元付近に大きな窪み。しかし刃元は叩き用に二段刃にしたので構造的に問題は無い。




今回研がせて頂いた包丁。

切刃は磨かずに研いだままの状態でお送りした。
磨くのはめんどくさいし、時間の都合があってなるべく早く送りたかったといった事情もあるのだが、この包丁のお客さんはこれから自分で研いでいかなければいけない方達なので、包丁の状態が把握できた方がいいだろうと思ったのが一番の理由である。
番外。

一般のお客さんが使ってる包丁はこんな感じのものが多い。
裏スキが浅くて歪みも大きい。
もっと安い量産型抜きナンチャッテ片刃包丁は、そもそも裏スキが無いものもある。
だけど、金巻きとかP柄のものなら、値段も高くはないだろうから、こんなもんでしょうとも思う。ムキになってまっすぐとか平らとか言わなくても晩のおかずの魚を何匹か捌くぐらいの仕事に支障はない。
しかし銀三で八角角巻柄の包丁は、もうちょっとシャンと作ってほしい。
裏が正確であれば表を研ぐのは比較的簡単だ。しかし裏が曲がっていると、いくら表をきれいに研いでも刃がまっすぐにならない。
「裏押し」の説明をしておく。
平らな面と平らな面の接線は、直線になる。

片刃の和包丁のほとんどのものには、まっすぐな部分がある。
この直線部分は、平らな面と平らな面の接線によって形作られている。
表の平面は「切刃」だ。

裏の平面が「裏押し」である。

裏押しはしかし、「平らな面」という感じではない。
窪んだ曲面の縁の部分である。
まっ平らだと研ぐのが大変なのだ。
そこで、平らな面の真ん中部分をえぐってしまって縁だけ残した、その縁の部分が、裏押しなのである。
裏押しが凹んでいて、平面上にないと、どうなるのか?
こういう三角柱で、

表の切刃の部分が凹んでいると、とうぜん、直線部分はまっすぐにならない。

裏押しが凹んでいても、おなじことだ。
これをひっくり返してみれば良い。

表を研いで平らにしても、裏押しが凹んでいると、刃線はまっすぐにならないのである。
裏押しが凹んでいる部分は、砥石に当たらないので、表を研いで出たカエリも取れない。
だから、裏押しが平面上にきっちり出ているということは、片刃の刃物にとってとても大事なことなのである。
しかし、店に並べられている片刃包丁を手に取ってよーく観察してみても、裏押しがきれいに出ているかどうか目視で確認することはほぼ不可能だ。目視で曲がっていることがわかるような包丁は、ふつう店頭に並ばない。そんなのを平気で並べてるような店では、片刃の和包丁は買うべきじゃない。
平面精度の高い金盤の上に置いて強い光を透かしてみればある程度わかるかもしれない。大事な買い物なのでガッツのある人はお店に金盤とカンテラを持参して確認してみてほしい。
しかしそもそも、店に並べられている状態の包丁は、まだ裏押しされていないのだ。裏をすいただけの状態なので、金盤の上に置いてカンテラで照らして見ても、わからないかもしれない。
けっきょく、仕入れの時点でちゃんと検品しておかしなものはハネてくれて、そもそもヘタな製造業者は使わない、と、信頼ができる包丁屋で買うべきなのだ。
包丁屋が神経質でうるさければ鍛冶屋も刃付け屋も雑な仕上げのものは卸さなくなるだろう。雑なものは、見立てが甘かったり安く仕入れさせろと言ってくるような包丁屋に流れるのである。
もちろん、エンドユーザーである客も、目が肥えていてうるさくなくてはいけない。
新米の料理人は良し悪しなんか見分けられないから、できるだけ仕事にうるさい親方や先輩に紹介してもらった店で買うといいと思う。
一般の人はどうすればいいのだろう。
これはもう、信用のありそうな、歴史のある刃物店で、予算をケチらずに買うしかないと思う。
誰が売ってるのかわからないネット通販で、理由がわからないけど相場より安い片刃の和包丁を買う、というのが、いちばん危険である。有名メーカーの量産品の両刃の洋包丁なら、品質の差はほとんど無いから、通販で安いものを選べばいいと思う。しかし手造りの片刃の和包丁は安かろう悪かろうの危険が大いにあるのだ。
一見するときれいな形に見える包丁でも、研いでみると切刃も裏もぐにゃぐにゃだったりする場合は少なくない。
さて、今回は新品に近い和包丁を6本ぐらいまとめて研ぐお仕事。

これは薄刃包丁の裏。
部分拡大すると、

こんな感じで、裏押しが切れている。
これを裏押しが出るまで、この部分だけを研ぐのではなく、裏全体を研いでいく。
けっこう大変な作業。
新品の包丁や、表を研いで行って刃が減って裏押しが切れた包丁は、刃線全体に裏押しが出るまで研いでいくんだけど、中砥石で研ぐと書いてある本が多い。だけど私たちの仕事をしているとそんなんではぜんぜん追いつかないものが多い。
硬口1000番で間に合わないものはアトマエコノミー(電着ダイヤモンド砥石)の中目400番も使って作業した。

この包丁、表もタチが悪い。

切刃のデコボコがキツい。
私は切刃が凹んでいること自体はべつにかまわないと思う。使い込んでいけばそのうち平らになるし、裏スキと同じ理屈で凹んでいる方が研ぎやすくもあるからだ。
しかし程度の問題というのもある。
この包丁の場合は上のほうが軟鉄だけじゃなく切刃の刃線に近いところまで削ってしまっている。
これで絶対に将来何か問題が出るというわけではないのだが、これからどんどん使い込んでいって、裏押しが切れたらまた研ぎ込んで裏押しを作るという作業をするわけで、その際には裏のハガネが減って上に上がってくるわけだから、表側からハガネにかかるほど円砥で削ってしまうのはなるべく避けた方がいいと思う。ちょっとハガネに触るぐらいまでならまあいいかなと思うけど、削りすぎだと思う。
これは刃付けをする研ぎ屋の問題。鍛冶屋の問題ではない。
柳刃。

これも裏押しがしっかり当たっていない部分がチョコチョコある。

表は大きな問題はない。
薄刃ほど切刃が広くないから円砥を当てても大きく凹みにくいんだろうとも思うが。

もう一本の薄刃包丁。

新しいのにこういう裏の切れかたしてるのは、ホントにイヤ。

平らな砥石に当ててみて、当たっていなかった部分が当たるまで研ぎ込む。
もともと当たっていた裏押しがかなり広くなってしまっているのがわかるだろう。
裏は全面硬いハガネなので、ほんと、時間かかるのである。
これ以上荒い砥石を使うと刃がかけてしまう危険があるし。

表も、先の薄刃と同じようにハガネまでかなり削ってしまっている。


柳刃、もう一本。
これは、少し研いだけど「裏押しを作り直す」ということを知らないで、表だけ研いでいったものだと推定。



ギリギリ裏が出るところまで研いだ。
少し表を研いだらまた裏が切れるから、中砥石の平らな裏面とか使って、裏押し作ってください→お客さん


これも、表は凹んでるところあるけど大きな問題無いと思う。
前のもこれも刃元あたりが落ちてるんだけど、柳刃包丁は刃元使わないからそのままにしてある。

小出刃包丁。
裏押しした形跡無し。

簡単に裏押しできた。
優秀。
細くて均一な幅の裏押し。
こういうのを「良い包丁」という。
鋼材が青紙一号とか本焼きとか黒檀銀巻き柄とか、あんまり関係ないと思う。
形がキレイな包丁が「良い包丁」。

表も素直。

次は本出刃。五寸五分か六寸ぐらい。
これもちょっと裏押しが切れてる部分があったが、比較的簡単に出せた。
出刃は、厚みがあるから裏スキを深めに作ることができて、きれいに作りやすいのではないだろうか。


表。
刃線全体に亘って二段刃に研いであった。
三枚に卸すとき骨を切らないよう、あえてそういうふうに研ぐ場合もあるが。

とりあえず段刃は研ぎ抜いてしまった。
もしわざと二段刃にしていたのであれば、お手数ですが小刃付けだけ自分でしてください→お客さん
刃元付近に大きな窪み。しかし刃元は叩き用に二段刃にしたので構造的に問題は無い。




今回研がせて頂いた包丁。

切刃は磨かずに研いだままの状態でお送りした。
磨くのはめんどくさいし、時間の都合があってなるべく早く送りたかったといった事情もあるのだが、この包丁のお客さんはこれから自分で研いでいかなければいけない方達なので、包丁の状態が把握できた方がいいだろうと思ったのが一番の理由である。
番外。

一般のお客さんが使ってる包丁はこんな感じのものが多い。
裏スキが浅くて歪みも大きい。
もっと安い量産型抜きナンチャッテ片刃包丁は、そもそも裏スキが無いものもある。
だけど、金巻きとかP柄のものなら、値段も高くはないだろうから、こんなもんでしょうとも思う。ムキになってまっすぐとか平らとか言わなくても晩のおかずの魚を何匹か捌くぐらいの仕事に支障はない。
しかし銀三で八角角巻柄の包丁は、もうちょっとシャンと作ってほしい。
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