FC2ブログ

ナゾなハサミ

いつも熊野神社へ行く木曜日が雨などのため休みが続き、お客さんからチラホラと催促の電話が掛かって来るようになったので、先週は臨時で金曜日に出店した。

関西弁のおじさんがふらりとやって来て、

「散髪用のハサミもできるのん?」

と尋ねた。

「できますよ。」

「ほなあとで持ってくるわ。」

数刻の後お持ちになったのは変わったアームの形をしたプロ用のシザーだった。

DSC05296.jpg

DSC05298.jpg

刺繍用の鶴形の鋏なんていうのがあるが、それに似た感じだろうか。


しかしこれは装飾のための形というわけでは無いようだ。

ふつうはこういうふうに持つが、

DSC05301.jpg

こんな持ち方もするそうだ。

DSC05303.jpg

刃を手前に向けて持って、カットする。
指を通してみるとこのとき小指がいい塩梅でアームに掛かるのである。

「良かったらもう一本持ってくるから。」

と言っておじさんは飄々と去って行った。

これがけっこうナンギなハサミで、おじさんが行ってしまってから試し切りをしてみると、良く切れてしまう。欠けなど無いし刃も摩耗している感じはしない。反りも狂っていない。
どこがどうおかしいのかわからない(=どうして欲しいのかわからない)刃物というのが宇宙で一番厄介な預かり物だ。
よくよく試してみると先端だけ少し切れ残ることがあったので、先の方だけ研いだ。
研ぐということは刃物を削り減らして形を変えるということで、盛って増やすことはできない。
理美容のハサミなんかは特に、一日何千回もチョキチョキしても手に負担が無いように最低限の大きさと軽さで作られていて、立体的な全体構造で切れるようにしてあるから、刃体の三分の一も研ぎ減ったら使えなくなる可能性がある。たぶん平気で5万円以上とかすると思うし。だから切れる部分は研ぐべきじゃないのだ。

取りに来たきたおじさんに作業の次第を説明して試し切りしてもらった。

「うん、ええなあ。」

幸い見立ては間違っていなかったようだ。

「まあとりあえず、実際に使って試してみてもらえますか。」

「うん、ほんならこれも頼むわ。」

と言って、もう一本の同じ形のハサミを置いて行った。
そちらは刃線全体で切れ味が落ちていることが確認できたので普通に研ぐだけで良かった。

研ぎ終わったら連絡をするという約束だった。
ところがまだ電話をかけていないのに、ふらりとおじさんが現れた。

そして、

「これ、やっぱりアカンわ。」

と言った。
ラップに包んだ毛束を取り出して切ってみせると、毛束は刃の二枚の刃体の間に滑り込んでしまった。

「こう切るのはいいねんけど、こう切るとアカンねん。」

ふつうに刃の先端を向こうに向けて持つと切れるのだが、刃先が手前を向くように持つと噛みこんでしまうのだという。

「このへん(刃体の中ほど)からすべってしまうから、先だけ研いだって言うてはったけど、やっぱりぜんぶ研いでもらえます?」

試してみた。
すると、なるほど実際に噛みこんでしまうことがある。切れることもあるが。
毛束が少し分厚いせいかもしれない。
そういうこともたまにある。

布切り用の裁ち鋏で、二枚重ねにした雑巾を切りたいというお客さんがいた。しかしそもそも鋏はそんな分厚いものや硬いものを切るための道具では無いのだ。鉄板を切る金切り鋏や木の枝を切る剪定鋏というものがあるが、こういった鋏は硬いものを切ることを前提に作られた特殊な例外で、逆に薄いものや細いものはうまく切れない。

分厚いものを切ろうとすると二枚の刃体を外に押し広げようとする力が強く働いてしまうので噛みこんでしまいやすくなるのだ。
改善策はふたつ考えられる。ひとつは反りを大きめにすること。もうひとつはネジを強めに締めること。
反りを大きくすると却って噛みこみやすくなるのではないかと思うかもしれない。隙間が広がるから。しかし実際には反りが大きい方が鋏を閉じるときに二枚の刃体を擦り合わせる方向に働く力は大きくなる。しかしそのせいで刃先の摩耗は早くなる可能性があるし、反りが大きすぎるとまっすぐに切りづらくもなる可能性がある。
ネジを強めに締めるというのは更にリスキーで、先端が常に強めにこすれ合うので切っ先だけが摩耗して反りの曲線が狂ってしまい切れなくなる。先端だけが余計に摩耗して切れなくなるとそこだけ曲げて直すのはまず無理で、短く切り詰めるしかない。さらに強引にネジを締めまくって以前の記事で紹介したハサミのように触点が平らになってしまったようなものもある。理美容シザーでここまでムチャをする人はまずいないと思うが。

いずれの方法にせよ鋏自体にダメージを与えない程度のわずかな調整に限定しなければならない。
しかしわずかにしか調整しないということは、劇的な改善は期待できないということだ。

そもそも、雑巾二枚重ねというような構造的にムリな分厚さのものを切ろうというのではなく、ひとつまみぐらいの毛束なのだから、あらためてよく考えてみると切れないということ自体がおかしいのである。

んんんんん~~~~~~????

なんでだ?

ふつうに持てば切れるんだから、刃の鋭さも十分なはずだし反りも狂っていないはずなのだ。
刃を手前に向けて持つと何か変わるのか?


あっ!!!!!!

変わるじゃん!!!!!!


スンゴイことに気づいてしまった。


この状態でハサミを閉じると、

DSC05306.jpg

親指を動かすと手の平から離れる方に押し出すような動きになる。
すると親指を通している動刃には要ネジを支点にして、刃体が開く方向の力が働いてしまうのだ。

こういうこと。

011_20190310094953f5e.jpg

つまり、この持ち方をすると左利き用のハサミを使うのと同じことになってしまうのである。

ナント!
構造問題じゃん。

気づいて良かった。うっかり反りを大きめになんかしてしまうと逆にもっと噛みこみやすくなっただろう。
使い方自体がおかしいと普通の鋏であれば言いたいところだが、この鋏はこういう使い方もするように作られているわけだからそうも言えない。

とりあえず、支障が無い程度にいつもより少しだけネジを強めに締めて、刃先が毛髪に刺さるようにピンピンに研いでみた。
裁ち鋏は鋭くしすぎるとサテンみたいなツルツルした布が逃げてしまうことがあるので仕上は2000番ぐらいまでにするのだが、10,000番まで使ってピンピンの刃先にしてみたのである。
しかしネジの締め加減は緩すぎない程度なので抜本的な改善は期待できない。ピンピンの刃先はどれぐらい持つかわからない。

お客さんにはコレコレコウと気づいた原因を説明したので、使い方でも少し改善してくれるといいのだが。つまり親指をやや手の平側に引くように切ってみてもらいたい。

一本づつ仕上げてお渡しして、二本めはお店に持って行ったのだが、とりあえず初めに渡した鋏は

「ええわ。」(←良いという意)

ということだったので、ほっとした。

しかしモヤモヤは解消しない。

どう調整するのが正解なのか、メーカーさんにも質問してみようと思う。
関連記事

テーマ : 髪型
ジャンル : ファッション・ブランド

コメントの投稿

非公開コメント

Re: No title

いやこれは、お客さんがナンギなんじゃなくて、そういう風に使えるハサミということでメーカーさんが作って売ってたものなんじゃないのかなと思っています。だから柄の形が変わった形になっている。
お客さんはいい人ですよ。
当然ぼくもこんな使い方は初めてです。
けっこう前にメーカーさんに問い合わせメール出したんですけど回答ありません(^^;



> これまた難儀なお客に会いましたね。
> 理容師と美容師の友人がいるので聞いてみましたが、先端を手前側に向けて持つような持ち方は本来無いそうです。
> その人が、向こう側に回り込んでから切ったりするのが面倒で横着してるだけではないか、との事です。
>
> BROさんが記事の中で書いている通り、
> おかしな持ち方、力の入れ方をすれば鋏の構造的に刃同士に隙間ができて剪断できなくなります。
>
> その為に右利きと左利き用とを分けているのであって、どうしてもそのような持ち方で切りたいのであれば、
> ①使い手側が鋏に合わせ、記事中でBROさんが書いたように変な力の入れ方をするか
> ②使い方に合った鋏、この場合は当然、左利き用を使うか
> ③横着をせず、本来の鋏の持ち方にするか
> の三択になります。
>
> ①は手と鋏を傷めそうですし、②は余計な出費が嵩みますし、
> 今回のお客さんが正しく鋏を理解して、本道の③を選ぶことを願いたいです。

No title

これまた難儀なお客に会いましたね。
理容師と美容師の友人がいるので聞いてみましたが、先端を手前側に向けて持つような持ち方は本来無いそうです。
その人が、向こう側に回り込んでから切ったりするのが面倒で横着してるだけではないか、との事です。

BROさんが記事の中で書いている通り、
おかしな持ち方、力の入れ方をすれば鋏の構造的に刃同士に隙間ができて剪断できなくなります。

その為に右利きと左利き用とを分けているのであって、どうしてもそのような持ち方で切りたいのであれば、
①使い手側が鋏に合わせ、記事中でBROさんが書いたように変な力の入れ方をするか
②使い方に合った鋏、この場合は当然、左利き用を使うか
③横着をせず、本来の鋏の持ち方にするか
の三択になります。

①は手と鋏を傷めそうですし、②は余計な出費が嵩みますし、
今回のお客さんが正しく鋏を理解して、本道の③を選ぶことを願いたいです。
プロフィール

BROさん

Author:BROさん
東京都練馬区の研ぎ師です。
営業案内
ご依頼はこちら
ご意見・ご質問はこちら
ご利用頂いたお客様からのご意見ご感想はこちら

カテゴリ
最新記事
最新コメント
検索フォーム
QRコード
QR
リンク